新・北海道現象の深層⑯ ニトリvsDCM-かつての「盟友」はなぜ島忠のTOBを競い合ったのか

2020/11/27 05:55
浜中淳(北海道新聞)

DCM元社長をニトリ顧問に 盟友関係にあったニトリとDCM

 連載1回目で解説したように、98年の北海道現象とは「不況下で各業態のトップ企業に売り上げが集中し、独り勝ちする現象」でした。当時、北海道におけるホームセンター業態トップのホーマック、家具・インテリア量販業態トップのニトリとの間に競合関係は存在せず、むしろ両社は志を同じくする「盟友」だったと言っていい。実際、当時のホーマック社長で後にDCMHDの初代社長に就いた前田勝敏氏が07年、取引先の不祥事に絡んで退任を余儀なくされた際には、ニトリがすぐさま顧問に迎え入れたという関係にありました。

 それでも両社は、志が同じだったがゆえ、いつかは戦う運命にあったと言うべきかもしれません。似鳥氏は若き日の米国視察でチェーンストアが人々の生活の豊かさを支えていることを肌身に感じ、「日本人の暮らしを豊かにしたい」と奮起。最初の30年計画をつくったと言います。一方、ホーマック創業者の故石黒靖尋氏は開業当初、お客から要望のあった商品を全てメモに書き出して品ぞろえの参考にしました。「ホーマック(Homac)」は「Home Amenity Center」すなわち「暮らしを快適にする店」の略称であり、似鳥氏の「日本人の暮らしを豊かに」と創業の原点は同じなのです。

 暮らしを豊かに、快適に-との発想で、互いが取扱商品を広げ、業態の壁を超えようとした結果が今回の争奪戦だったのではないか。相手の島忠が家具製造を祖業とし、ホームセンターにウイングを広げた企業であるという点は象徴的です。DCMHD、ニトリHDのどちらにとっても、顧客の暮らしを支える新たな商品を無理なく広げる大きなチャンスだったわけです。

 改めて思い出されるのが、連載9回目で取り上げた岡田卓也イオン名誉会長の至言です。「北海道現象の本質は業態の改革だ。ツルハは『薬屋』ではないし、ニトリも『家具屋』の呼び方ではくくれない。そもそも『何々屋』と呼ばれるような店は、売り手の都合でできた業態だ。北海道で成長している店は生活者の発想でできた新しい業態と言えるだろう」。売り手の都合でできた業態にこだわらず、お客の視点で改革を続けてきた者同士だからこそ、戦わざるを得なかった-。北海道現象の一つの到達点という気がしてなりません。

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