アパレル業界が低賃金の理由と「年収大幅アップ=人員大幅削減」を防ぐ方法

河合 拓 (代表)
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労働生産性の低さ克服に必要な大規模再編

 話をアパレル業界の年収に戻すと、労働生産性にたどり着く。今でも、紙と鉛筆でコミュニケーションをとり、云った、云わないを繰り返しており、壊滅的にデジタル化が遅れている。この労働生産性の悪さが平均年収の低さに繋がっているのだ。それでは、なぜ、このように年収が低いにも関わらず業界が回っている(成立している)のかというと、それは年収が低くてもやりたい人がいるからだ。

 すでに述べたとおり、大学生のアルバイトにとってアパレルの販売員は人気だし、接客業の中でアパレルの販売員は人気職種だ。多くの女性は服が大好きなのである。最近は、男性もファッションに興味をもっている人が増えてきている。服が好きだから多少のことは我慢してでも働きたいと思うし、生活のために働かなければならない。

 アパレルには不思議な魅力があって、女性や若い男性は大好きという特殊な構造だから成り立っている業界なのだが、これは30年前と何も変わっていない。むしろ、販売員の平均年齢が高齢化している分だけ人件費があがり、また、働いている人の感度も鈍くなっているかもしれない。かつてアパレルでヒット商品をバンバンだすカリスマ経営者はみな若かった。 

 現在アパレル業界は火傷だらけのデジタルが流行っている。この労働生産性の低さを克服するためには、デジタル化と似たようなブランドの統廃合(業界再編)が必要である。果たして、足並みが悪いアパレル産業でこのようなことが可能なのかという判断は横に置き、仮にみなで「そのようにしよう」というコンセンサスがとれたとしても乗り越えるべき壁が2つある。一つは、冒頭から言っている「年収の問題」。もう一つは、「余剰人員の問題」だ。

 ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は、有能なデジタル人材には年収10億円を払うという。逆に言えば、それほどこの業界にはデジタルと業務の両方に精通した人材がいないということなのだろう。それら専門人材が増えてくれば年収は上がってくるだろう。

 だがそれに伴ってもう1つの課題が出てくる。デジタル化によって生産性を上げるトレードオフとして浮き出てくる余剰人員だ。これは、企業の雇用責任とあわせ、何年もかけて自然退職を待つ中長期の戦略が必要だろう。米国であれば、例え黒字がでていてもバッサリとリストラするが、日本企業はそうはいかないし、そうすべきではないと思う。私は、新自由主義に心から賛同する立場ではなく、それこそ日本企業が世界に誇る美徳なのだと思っている。私自身、競争と足の引っ張り合いのコンサルティング業界に20年以上も居座っていたので、この業界に自分の娘は絶対に入ってほしくない。

  しかし、アパレル業界は雇用の流動性が高く転職組は純血組となじめず途中退席するケースが多い。私も商社にいたとき、様々なアパレルに顔をだしたが、みな個性はバラバラで独自の世界観を持っていた。どこも戦略系であれば同じコンサル会社とは対照的だ。だからアパレル業界に逃げ道はないのだ。その意味で、アパレル業界の年収問題の根源は終身雇用制にあるといえるだろう。

 そこで、オンワードホールディングスの取り組みを紹介したい。

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記事執筆者

河合 拓 / 株式会社FRI & Company ltd.. 代表

株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)。The longreachgroup(投資ファンド)のマネジメントアドバイザを経て、最近はスタートアップ企業のIPO支援、DX戦略などアパレル産業以外に業務は拡大。会社のヴィジョンは小さな総合病院

著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「生き残るアパレル死ぬアパレル」「知らなきゃいけないアパレルの話」。メディア出演:「クローズアップ現代」「ABEMA TV」「海外向け衛星放送Bizbuzz Japan」「テレビ広島」「NHKニュース」。経済産業省有識者会議に出席し産業政策を提言。デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言

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