日本での販売は序章 アダストリアが担うフォーエバー21の真の戦略とは

河合 拓
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新生フォーエバー21は、昔の「フォーエバー21」ではない

大型店主義だったフォーエバー21だが、日本での展開は1/10程度のサイズになり、郊外型ショッピングセンターへの出店となる(kokkai/istock)
大型店主義だったフォーエバー21だが、日本での展開は1/10程度のサイズになり、郊外型ショッピングセンターへの出店となる(kokkai/istock)

 その前に、過去の外資系ファッションの栄枯盛衰の一例とSDGsファッションの矛盾について整理しておきたい。
 アバクロンビー&フィッチが日本に上陸したとき、芸能人に先行販売しメディアで披露、「じらし作戦」で、我々一般消費者は今か今かと待ち望んでいた。当初、斬新なVMDと上半身裸でイケメンが踊るパフォーマンス、100m先まで匂う店内の独特の香りに斬新さを感じ、銀座のフラッグシップショップ立上げ当初は行列ができたほどだった。 
 しかし、今は見る影もなく、おそらく、誰もがその存在も忘れているほどになっている。いくつかの原因があると思われるが、一つは誰もが驚いた高価格にある。世界標準の価格をひっさげ、多くの外資SPAが日本に上陸してきたとき、あの高価格(日本市場では中価格帯)は、日本人にソッポを向かれた。

 人が欲している2倍の量の商品を投下し、これは土に帰ります、海に帰ります、といって過剰生産に合理性を持たせるSDGsが自己矛盾を孕んでいることは、ちょっと考えればすぐに分かるのに、だれもこのように大きな視点で物事を見ていない。私は、いつも現場にはいるたびに、メディアや学者の報道と実際の現場の温度差を感じている。

 近所にラーメン屋ができれば、必ず最初の1-2週間は列ができるのだが、結局は味が期待値を満たしていなければ半年で閑古鳥が鳴く。アダストリアのフォーエバー21も、初期的には「昔のフォーエバー21」に期待する層が列をなすだろうと思う。しかし、フォーエバー21がもっているイメージ、つまり、「アパレルのドンキホーテ」と呼ばれる宝探しの楽しさや、かご一杯にいれても5000円を超えない昔のフォーエバー21はそこにはいない。そこに環境コストが入り、名前だけはフォーエバー21だが、そこにはいわゆるアダストリアらしいアパレル商品が並んでいるということになれば、昔の顧客は離れて行くだろうと思う。

 しかし、そんなことはアダストリアは分析済みで、その上で、重大な戦略を描いているのだと私は考えている。

 

 

 

 

 

 

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