続・規模拡大と地域対応 総合スーパーの失敗と食品スーパーが進む道

2019/06/28 05:13
柳平 孝(いちよし経済研究所)

6月の本州は梅雨の季節である。梅雨のない北海道で生まれ育った筆者にとって、未だに慣れない季節である。関東甲信越地方では6月7日頃に梅雨入り後、大雨となった。本稿執筆時点(6月26日)で、西日本でも遅れていた梅雨入りと大雨が予報されている。今年も小売企業は天候要因に苦慮しそうな予感をしつつ、今日も食品スーパーに思いを馳せるのであった。

 

大手総合スーパーが陥った“中央集権の罠”

 前回は地域対応の重要性を述べた。自明のようであるが、平成の30年間だけを見ても、店舗網が広域化したチェーンはことごとく、“中央集権の罠”にはまる形で地域対応力と営業力を低下させてしまったと見られる事例がいくつもある。代表的な事例として、総合スーパー3社を振り返りたい(いずれも当時の筆者の取材ノートと会社側の開示資料に基づく)。

 一つめはダイエーである。19943月、ダイエーは関東の忠実屋・九州のユニードダイエー、沖縄のダイナハとの4社合併を果たし、営業収益25,415億円(1995.2期実績)に達した。ダイエーの1995.2期は、阪神大震災(19951)被災を主な要因とする特別損失計上によって、当期損失256億円となる。一方で、統合後から既存店売上高が基調としてマイナス圏での推移ともなっていた。異なるオペレーションの4社を統合するために中央集権化を推し進めた副作用が現れたようであった。会社側では1996年よりカンパニー制を導入、本部からカンパニーへの権限移譲を進めた。商品の仕入数量も、従来は本部が店舗の数量を決定していたが、カンパニーが決めるようにした。その後も各種の営業力強化策を講じたものの、ついに業績回復に至ることはなかった。

 二つ目は、マイカルである。マイカルも1996年の社名変更(ニチイ⇒マイカル)以降、中央集権化を強めていくとともに、既存店増収率の弱さが目に付くようになる。対照的だったのが、マイカル北海道(現イオン北海道)であった。既存店売上が順調推移しており、199711月の北海道拓殖銀行破たん以降の1年間は苦戦したものの、早々に落ち着きを取り戻す(図表1)。当時、会社側の方に「なぜ、マイカル本体と違って、売上が順調なのか?」と尋ねた際、「(自分たちの)商品部を死守したからだ」とその方は即答された。マイカル本体の仕入力を活用していながらも、地域密着の商品政策を徹底することが重要なのだとの内容だった。その後、マイカル本体の方は業績回復を果たさずに終わった。

注:グラフは3ヵ月移動平均(3MA) 出所:会社資料より筆者作成
注:グラフは3ヵ月移動平均(3MA)
出所:会社資料より筆者作成

 三つ目はイオンである。イオンは、地方法人の統合(1999)や社名変更(2001年:ジャスコ⇒イオン)以降、情報システム(自動発注システム、在庫管理システムなど)や基幹物流網の整備を急ピッチで進めていた。情報・物流インフラに裏付けられたSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)による全体最適の実現に向かっていた時期でもある。反面、中央集権化に伴う副作用の予感も否めず、筆者も決算説明会にて「過去の事例を参考にすると、地域対応力の低下による営業力低下のリスクがあるのではないか?」と質問したことがある。岡田元也社長の回答は「そう思うなら、そう思えばいい」であった。そして、結果的に、既存店売上の苦戦は現実のものとなる(図表2)

注:グラフは3ヵ月移動平均(3MA) 出所:会社資料より筆者作成
注:グラフは3ヵ月移動平均(3MA)
出所:会社資料より筆者作成

 こうした状況に対し、イオンは2004年下期、地域対応強化の方針の下、商品部の人員(食品中心に約500/1200人中)を地域カンパニーに異動させ、各種の権限をカンパニーの支店長に移譲した。続く2005年度は機動的な対応を講じることを目的として、カンパニーの権限をさらに強化した。こうした対応が奏功する形で、2005年度は既存店売上が回復に向かう。

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大手総合スーパーが規模拡大と地域対応を両立した時、どう対応すべきか?

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