サステナブル・ファッションは救世主か?アパレル業界でトレーサビリティが進まない単純な理由 

河合 拓
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アパレル業界では現在、「サステナブル・ファッション」(Sustainable Fashion)がキーワードとなっており、その生産に舵を切ろうとしている企業がいくつも出ている。しかし、環境破壊の根源とまでされているアパレル業界において、本当にサステナブル・ファッションは救世主となりうるのだろうか。冷静に問題提起をし、解決を試みた。

oonal/istock
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高まるアパレルを取り巻く「圧力」

 2019年の消費増税と暖冬。アパレル最後の砦にして利益の根源である重衣料は、完全空調管理が効いている都会では全く売れなかった―― 実はこれこそがアパレル衰退が加速したタイミングなのである。

 そこに襲いかかったのが新型コロナウイルスだ。ファッションは世情と高い相関性がある「景気の鏡(かがみ)」と言われている。将来展望の見えない社会の中で「ハレの日」の装いが消失するのは必然だ。将来不安を感じている消費者は、可能な限り嗜好品への支出を抑え、ディスカウンターの安価で着回しが良く長持ちする服を買うようになった。それが、新型コロナウイルスによる直接的な影響と合わせ、百貨店で衣料品が売れなくなった理由である(百貨店各社の既存売上は、コロナ以前の19年と比較して21年の月次ベースで大きなマイナスが続いている)。

  最近では、アパレル産業の状況はいっそう深刻化している。環境問題と人権問題が、アパレル産業に暗い影を落としているからだ。生産工程における二酸化炭素排出問題で「環境破壊世界第2位」の汚名をきせられ、児童労働、劣悪な労働環境、とりわけ政治問題にまで発展する新疆ウイグル自治区の強制労働までも、個別企業が責任を問われるようになっているのだ。

衣料品のトレーサビリティが難しい理由

 トレーサビリティを徹底すればよいではないか。そんな声が聞こえてきそうだが、ことはそう単純ではない。

 読者の多くが業界の専門家でないことを前提にご説明すると、アパレル企業の中で自社工場を持っている企業はごく少数だ。一般的には、商社に生産委託し製品を製造する。だがその商社も、昨今の激しいデフレと高額な人件費から、繊維部門は採算がとれなくなっており、商社はさらにその子会社に委託生産している。そして生産委託された子会社は、工場に委託していると思ったら、その工場もさらに人件費の安いところに委託するなど、アパレルのバリューチェーンは、一般に考えられているほど単純ではないのだ。「トレーサビリティ」と言うは易しで、実際は、どのようなサプライチェーンで衣料品が供給されているのか、会社の全てのアイテムを追いかけろといわれたら「不可能」ということになる。

  衣料品に使われている「素材」についてはもっと難しい。メディアなどが気軽に「XXX産地の綿糸を使っているのか」と聞いているが、実態として、そもそもその素材をえらんでいるのはアパレルではない。

 意外と知られていない事実として、企画の初期段階は、アパレルでなく商社の提案から始まっているのである。商社は世界中から素材を集めて製品サンプルを作り、アパレルはそれを見に行く。気に入った製品があれば、「これをベースに色々変更を加えてくれ」という具合に企画はスタートする。アパレル側の立場に立っていえば、何万とあるアイテムをすべて一から起こしていたら、とても採算があわない。だから、こうした商社の展示会を起点に企画はスタートするのである。いいかえれば、「素材を選定しているのは商社」というのが大方なのだ。

  しかし、その商社も度重なるコストプレッシャーと「大量生産」に対する批判から、売上は大きく下がっている。それでもマーケット全体ではいまだに供給過剰だから商社繊維部門は危機に陥っている。実際、総合商社の中から繊維部門の多くは消え、生活産業という名となり、また、国に目を向けても経済産業省から繊維課は消えるなど、アパレルの地位低下は著しい

 

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