名脇役から堂々の主役へ日本独自のスタイルで発展!=連載:深掘りすれば見えてくる!「ギョーザ」コロナ禍に打ち克つ食!

2020/05/29 11:30
ダイヤモンド・リテイルメディア 流通マーケティング局

具材もタレも業態も多彩ギョーザの魅力は包容力

「餃子の王将」「大阪王将」「肉汁餃子製作所ダンダダン酒場」の外観
京都に本社を置く王将フードサービスが全国展開する餃子チェーン店「餃子の 王将」。餃子専門店の代名詞的な存在(左) 中華料理店「王将」として大阪で創業しその後「大阪王将」としてチェーン展開。冷凍食品事業や新業態開発にも注力(中央) 酒場業態で首都圏に展開する「肉汁餃子製作所 ダンダダン酒場」。「餃子とビールは文化です」がキャッチフレーズ(右)

 焼きギョーザの普及に一役買ったといえば、1952年に東京・渋谷の恋文横丁(現:渋谷区道玄坂)で満洲帰りの夫婦が営んだ「珉珉羊肉館」(現在は閉店)が挙げられる。メニューの1つとして焼きギョーザを提供したところ大繁盛。そのつくり方を習い、大阪で開店したのが「珉珉」だ。1953年にオープンするや大人気となり、やがてチェーン展開するまでになっている。

 「『珉珉』の影響で、関西のほうが関東に比べて圧倒的にギョーザ専門店が多いですね。ローカルチェーンも多いですし。80~90年代にかけて『餃子の王将』や『大阪王将(イートアンド)』などギョーザを押しにした中華チェーン店が広がりましたが、関東の場合、ギョーザの町といわれる宇都宮や浜松は別として、定着するまで苦戦したようです。『餃子の王将』が関東進出したとき、競合は“家庭”だったという話もあります。関東では、ギョーザといえばラーメンのサイドメニューとして食べるか、家で食べるおかずの1つという位置づけでした」(塚田氏)

 ギョーザが家庭料理として普及したのは、60~70年代にかけて、ギョーザの皮を製造するメーカーが現れたことが大きい。やがて、日本冷蔵(現:ニチレイ)から家庭用の冷凍ギョーザも発売され、いよいよギョーザは大衆化した。

 「ギョーザの面白いところは、地域ごとに食文化とミックスして発展していったことです。たとえば、餡に使う具材は土地柄が出ます。関東では豚挽き肉が一般的ですが、九州では牛挽き肉や合い挽き肉を使います。タマネギの産地が近ければ、タマネギを入れる。また、トレンドも取り入れやすい。パクチーが流行れば、パクチーギョーザが登場し、羊肉がブームになれば、ラムギョーザという具合。包んで焼けば、中身は何でもいい。調理方法も“焼く”がメインですが、揚げても茹でても蒸してもいい。付けるタレもご当地の特色が出ます。アイデア次第でアレンジしやすいところ、一言でいえば包容力がギョーザの魅 力ですね」(塚田氏)

 この10年で全国的にギョーザ専門店が拡大したが、興味深いのは「肉汁餃子製作所 ダンダダン酒場」のようなギョーザ居酒屋や、ワインと合わせたギョーザバルなど、ギョーザを前面に出した新業態が現れたことだ。女性や若者をメーンターゲットに、ギョーザの包容力を発揮させた店舗が続々と出現し人気を得ている。これに追随するかたちで、大手居酒屋チェーンがそれぞれギョーザ専門居酒屋を開発。従来の専門店や町中華などで取り切れなかった「ギョーザが好き!」という層を取り込んでいる。 

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