アマゾンに駆逐された書店が米国で再び増加の理由とバーンズ&ノーブル大復活の理由

平山 幸江 (在米リテールストラテジスト:)
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“倒産寸前”と言われ続けていた米生活雑貨チェーンのベッド・バス&ビヨンド(Bed Bath & Beyond)が今年2月、資金調達のめどが立ち経営破綻の危機を何とか回避した。しかし、今後の道のりについては厳しく見る向きが多い。一方、同様に経営危機に瀕しながら、力強い再生を遂げたのが米大手書店チェーンのバーンズ&ノーブル(Barnes&Noble)だ。両者の明暗を分けたものとは──。

ベッド・バス&ビヨンド栄華と転落の歴史

 ベッド・バス&ビヨンドは1971年にディスカウントストア企業の商品部出身のアイゼンバーグ氏とファインスタイン氏によって創業した。当時ホームリネン類は、伝統的な白色の商品から多様な色柄のデザイン性の高い商品へとラインアップが増えつつあるタイミングで、これらを値引きして売るベッド・バス&ビヨンドは店舗数と店舗面積を拡大、92年度には店舗数38店、売上高2億ドルに上り上場を果たした。

 天井まで商品を陳列し、圧倒的な品揃えと量感でワンストップショッピングの利便性と衝動買いを促すマーチャンダイジング(MD)、ブランド品の値引き、定期的な20%クーポン配布で2000年度には241店舗・売上高11億ドル、09年度には1000店舗・78億ドルへと急速に成長、17年度に1552店舗・123億ドルに達しピークを迎えた。

 しかしこの前年度(16年度)から既存店売上高成長率は0.6%のマイナスに転じ、17年度は1.3%減、その後もマイナス成長が続いている。当期純利益は18年度に1億3800万ドルの赤字、19年度には6億1400万ドルへと赤字幅が増幅、共同創業者両氏は退任に追い込まれた。当時の状況についてアイゼンバーグ氏は「われわれはEコマースの拡大に十分に早く対応できず、(成長の)機会を逃してしまった」とウォール・ストリート・ジャーナルの取材に答えている。

 創業者2人に代わりCEOに就任したのが、ターゲット(Target)元幹部のマーク・トリットン氏だ。同氏は①不採算事業(「クリスマスツリーショップス」など)の売却、②価格の安いプライベートブランド(PB)の強化、③3年間で約2億5000万ドルを投じての既存店450店舗の改装、④創業者がこだわり続けた「店舗ごとの買い付け」を廃止し商品部の中央集権制に移行、という大きく4つの取り組みに着手した。

 MD面では8つのPBを開発すると同時に、ベッド・バス&ビヨンドの売りだった膨大なナショナルブランド(NB)の品揃えを大幅に削減。実際、同社が取引したサプライヤー数は18年度の1万1200社をピークに、21年度には4600社にまで絞り込まれている。改装店のプロトタイプとなった「マンハッタン店」では改装前よりSKUを44%削減。またD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)ブランドも前面に出していった。

 店舗改装では21年7月に前述のとおりマンハッタン店をプロトタイプとしてオープン。①売場面積を14%削減、②Eコマースで注文した商品のピックアップ・返品用カウンターのスペース拡大、③わかりやすく、迅速、ストレスなく買物できる店舗デザインへの変更、が改装の主たる内容である。

ベッド・バス&ビヨンドの改装プロトタイプ店としてオープンしたマンハッタン店内の様子。
ベッド・バス&ビヨンドの改装プロトタイプ店としてオープンしたマンハッタン店内の様子。手前の陳列は当時開発された低価格のベッドリネンPB「シンプリー・エッセンシャル」

経営危機を寸前で回避

 これらの取り組みにより、

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記事執筆者

平山 幸江 / 在米リテールストラテジスト:

慶應義塾大学、ニューヨーク州立ファッション工科大学卒業。西武百貨店勤務後1993年より渡米。伊藤忠プロミネントUSA(Jクルージャパン)、フェリシモニューヨーク、イオンUSAリサーチ&アナリシスディレクターを経て2010年より独立。日系企業の米国小売事業コンサルテーションおよび米国小売業最新トレンドと近未来の小売業をテーマに、ダイヤモンド・リテイルメディア、日経MJ他に執筆、講演会多数。

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