落日のGMSその6 名を捨てて実を取ったユニー

2019/07/01 05:00
森田俊一(流通ジャーナリスト)

ユニーはかつて、中部地方の流通業界の盟主だった。だが、肥沃な環境が仇にとなって改革が遅れ、グループは解体にまで追い込まれた。現在は、ドン・キホーテ(東京都/大原孝治社長)を核とするパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(東京都/大原孝治社長兼CEO:以下、PPIH)の傘下に入ったユニー。ただ、一部では「ユニーは名を捨てて実をとった」という声も聞かれる。

ドン・キホーテ
PPIHは現在、ユニー店舗をドン・キホーテとユニーの「ダブルネーム店舗」に転換している

「よく言えば穏やか。悪く言えばおっとり」

 「(ユニーの本社があった)稲沢は、われわれとは時間の流れ方が違う」
 かつてユニー傘下だったコンビニエンスストア、サークルKサンクスとファミリーマート(東京都/澤田貴司社長)の統合を水面下で進めていた際の伊藤忠商事幹部の言葉だ。ユニーがPPIH の完全子会社になった遠因は、この言葉に集約されるといってもいいだろう。
 ユニーが地盤とするのは、名古屋を中心とした愛知県。県外にも店舗はあるがその数は少なく、愛知県を中心としたドミナント戦略によって、「愛知の盟主」としてチェーンストア業界で存在感を放ってきた。
 しかし、トヨタ自動車を筆頭とする有力メーカーによって築かれた、肥沃な名古屋エリアでドミナントを形成していたためか、「企業風土がよく言えば穏やか。悪く言えばおっとりしている」(某食品メーカーの担当者)との声も多かった。
 保守的で変革を嫌う名古屋の経済環境は、“名古屋モンロー主義”と呼ばれる。ユニーもこれに漏れず、地域完結型のチェーンストア運営を志向してきたきらいがある。つまり、恵まれた環境に置かれていたことで、危機感が希薄だったといっていい。サークルKサンクスという伸び盛りだったコンビニエンスストア業態を持ちながらも、これを伸ばしきれず、中核のGMS事業の自己変革も遅れてしまったのである。
 同じチェーンストア第1世代のGMS企業であっても、イオン(千葉県/岡田元也社長)はショッピングモールに活路を見出した。ユニーと同じように地場で強固なドミナントを形成したイズミは早々に自前の売場を減らしてテナントを多用する戦略に転換し、自社店舗の活性化を図った。変化への対応はユニーと対象的だ。

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ユニーが選択した“血を流さない変革”

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