苦境にあえぐ世界3大羊毛産地「尾州」を復活させる逆転戦略とは

河合 拓
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尾州発、日本から輸出するシーインの逆モデル

シーインをはじめとする中国企業が、先進的なテクノロジーを活用し、日本企業の度肝を抜くことになるだろう
シーインの逆モデルとは!?

 話を「尾州」に戻そう。私はこれまでに幾度か尾州に呼ばれ講演をしたことがある。そのルートをもう一度探り、「某経済誌の記事を読み一肌脱ぎたくなった。尾州に対して提案がある」とメールを書いた。返事は早かった。私は、尾州の産業クラスターを中国広州になぞらえ、私が徹底研究したShein(シーイン) の逆モデルを日本から輸出する、という大胆なモデルを提案したのである。あれだけのコストメリットを出せるSheinを、輸入でなく輸出で行う。私には「勝てる根拠」があった。

  以前、本連載で私は、米国でPTC (主要デジタルベンダーの一社)が、マテリアル・エクスチェンジ社(Material Exchange、以下ME社)という日本でいう商社のような機能会社をつくったことを紹介した。ME社はアパレルから撤退したPLM (Product lifecycle management) を使い、世界中の繊維素材のライブラリーを作成。値段から組成、在庫などまで一覧できるように設計されたものだ。まさに、私の「Digital SPA」の原型となったビジネスモデルである。

  私は、ME社がどのような経緯で設立され、プラットフォームの標準を取りたがる数多くのベンダーをまとめ上げ、ほぼリアルタイムで素材情報がアップデートされているインプット情報の秘密などを暴いた。日本では、失敗だらけのPLM導入だが、BOM(部品構成表)機能を使ったSPA業態で、成功しているアパレルが一社ある。その企業は、私をパートナーとして選定してくれ、一緒に、正しく進化していってくれた。私は、なんどもPTCにお願いし、「どうすべきか」でなく、「やってはならないこと」や「なぜこのような失敗をしないのか」を聞いていった。

 さらには私自身が通訳となり、クライアントをME社のキーパーソンと引き合わせてリアルなやり取りを見てもらうことなどもしている。当初、米国ボストン本社とつないでいたが、徐々にアジアの中国、インド、そして、欧州のフィンランドとも(これほど世界中に素材基地を設けている)つなぎ、それぞれの素材の傾向や考え方、また、なぜマスターをこのようなリージョンでわけるのかも聞いた。このプロセスは、本社から現場を知らないトップ同士が定期的に情報交換を行うよりもよほど効果がある。

世界の素材商社が獲得をねらう「BISHUブランド」

 実をいうと、ME社は単に優しさだけで全てを公開してくれたわけではなかった。彼らの狙いは「尾州の生地、素材のライブラリー化」である。尾州は、イタリアビエラ地区(ゼニア本社所在地)、イギリスのハダースフィールドに続く世界羊毛三大産地の一つある。羊毛に日本が誇る世界最高技術である合繊繊維が加わり、世界最強のウールに様々な機能や表情が生まれるようになり、文字通り世界で最も良く、また、もっとも調達しにくい素材になっていたのである。

 調達しにくいのは日本企業も同じだ。名古屋にいけば山のように素材を見ることができるのに、日本のアパレルは商社に、商社は工場に面倒なことは任せているため、日本では隣の県にある素材すら満足に調達できないのだ。結局、日本の尾州の素材を使っているのは世界のトップメゾンと呼ばれるスーパーブランドだけということになっている。そんな事情もあり、ME社は是が非でも、世界最高の尾州の素材を自社のライブラリーに入れたかったのである。

 彼らは、私にこう言った。「タク、日本の素材をライブラリーに入れる方法はないか。私達が頼んでもどうししてもイエスといってくれない」と。しかし、よく聞いてみると、直接尾州の産地にこうした主旨を説明しているのでなく、自社の競合相手になってしまう代理店の糸商に依頼しているのだという。これではまともに引き合わせてくれるはずもないのだが、私は彼らを放っておくことにした。なぜなら、日本の素材を世界の数千万という素材の一つにしてしまったら、いわゆる「BISHU ブランド」の価値がなくなってしまうからだ。いずれにせよ、変な均衡状態を保ったまま、尾州の素材は静かにミステリアスに、そして、岡山のデニムのようにスーパーブランドやイタリアンファクトリーブランドだけに使われる存在になっているのだ。

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