アングル:客室内の「空気」は安心か、航空業界に新たな課題

ロイター
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米ユタ州ソルトレークシティーの空港を出発するデルタ航空機の客室内
旅客機メーカーと航空会社は、機内で呼吸する空気が安全であることを神経質な搭乗客に納得してもらおうと、緊急の取組みを開始している。写真は4月11日、米ユタ州ソルトレークシティーの空港を出発するデルタ航空機の客室内で撮影(2020年 ロイター/Jim Urquhart)

[パリ 18日] – 旅客機メーカーと航空会社は、機内で呼吸する空気が安全であることを神経質な搭乗客に納得してもらおうと、緊急の取組みを開始している。新型コロナウイルスによって大打撃を被った旅行産業を再建するには、この安心感が鍵になると考えているためだ。

ボーイングは、こうした顧客の安心感を徹底するため、その取り組みのリーダーとして、以前エンジニアリング・開発部門を統括していたマイク・デラニー氏を任命した。エアバス首脳陣によれば、航空産業全体として、コロナ禍への対応は、初期の危機フェーズから社会的信用の確立をめざす動きへと移行しつつあるという。

こうした流れのなかで特に目立つのが、客室内の空気清浄化プロセスを説明しようという業界一体となった取り組みだ。「与圧された機内にあるのは、澱んだ、あるいは再利用された空気だけ」という迷信を打ち消そうという試みである。

医療当局者は引き続き、新型コロナウイルスの感染症COVID-19を流行させる様々な原因の数量的分析を進めているが、注目が集まっているのは、ウイルスに汚染された表面に触れるだけでなく、乗客の咳やくしゃみによる飛沫が空気中を漂うことによって感染するリスクである。

航空旅行産業では伝統的に、客室内の空気の質よりも客席のピッチ(前後間隔)の大小が話題にされることが多い。だが、今回のパンデミックを受けて、この状況も変わらざるをえなかった。

エアバスでエンジニアリング部門を統括するジャンブライス・デュモン氏は、「機体の安全性だけでなく衛生面の安全性という広い意味において、乗客を守るために私たちがどのように取り組んでいるかを説明するということだ」と語る。

オフィスビルでは、室内の空気は1時間に約4回入れ替わる。現代のジェット機では、その頻度は20ー30回に増える。

「航空機の換気システムは、他の場所で出会うどのシステムにも劣らない」とデラニー氏は言う。さらに同氏は、機内におけるウイルス拡散の可能性を抑制する手法は、機内の徹底したクリーニングや症状のある搭乗客のスクリーニングなど複数あり、換気はそのうちの1つにすぎない、とも言う。

客室の空気は、主としてジェットエンジンによって吹き込まれる。燃料に汚染されていないクリーンな部分から空調設備に向けて圧縮空気が供給され、そこから客室天井のファンへと送られる。

ボーイング、エアバス両社とも、客室内の空気は機体の縦方向ではなく上から下へと流れており、これも感染の可能性を抑えている、と述べている。

その後、客室内の空気の半分は、医療グレードのHEPA(高性能粒子捕捉)フィルターを経由して再利用される。ここでウイルスを含む汚染物質のうち約99.97%が除去される設計だ。残りの半分はバルブを通じて機外に排出される。

航空機メーカーは、客室の空気は2~3分おきに入れ替わると主張しているが、科学者らは、実際には常に新しい空気と古い空気が混ざっているだろうと警告している。もっとも、換気の頻度が高ければ高いほど、それだけ早く古い空気も排出される。

航空機内の空気品質基準に対する勧告に協力してきたカンザス州立大学のバイロン・ジョーンズ教授は、「換気のペースという点で言えば、機内の空気は非常に高い頻度で入れ替わっている。この点から見れば、航空機のシステムは非常に優れている」と話す。

乗客の居住密度もリスク要因

だが、空気の流れは感染をめぐる複雑な方程式の一部でしかない。「航空機における最大の課題は、居住密度が非常に高いという点だ。多くの人々が狭い空間に密集しているので、空気の品質を維持するには、その空間に大量の空気を投入しなければならない」とジョーンズ教授は言う。

米疾病管理予防センターによれば、新型コロナウイルスは、濃厚接触、つまり6フィート未満の距離にある人と人との間で感染すると考えられるという。これは多くの航空機客室の約半分に相当する長さだ。

これほど短い距離における空気の流れは、何よりも予測が難しいと言われている。乗客は、各席の上方にある「ガスパー」と呼ばれる個別の空気吹出口によって、空気の流れをある程度自分でコントロールすることができる。

ジョーンズ教授によれば、平均的に見て、空気吹出口の向きを変えることで「(状況は)少しマシになるが、何の保証もない」という。

フィルターで濾過されているとはいえ、最悪の場合、空気吹出口によって絞り込まれた空気の流れが、近くのウイルスを乗客の顔に吹き付ける可能性もある。その一方で、吹き付ける空気の方向によって、水平に流れる空気の移動を制限するというポジティブな効果もあるかもしれない。

こうした疑問に直面して、ボーイングとエアバスではエンジニアたちを動員し、席と席のあいだの空気の流れを検証している。用いられるのは、翼の空洞実験で使われているものと同じ、先進的な物理学だ。

「各席に設けられたエアジェットについて何か勧告できるかどうか、積極的にシミュレーションを実施している」

搭乗中の感染という不安は、少なくとも2003年のSARS流行の際にはすでに生じていた。ただし、搭乗と感染の関係が証明されたことはない。

この年の3月、やはりコロナウイルスを原因とするSARSに感染した72歳の男性が、香港から北京へのフライトに搭乗した。119人の乗客のうち少なくとも22人、そして乗員2人が後にSARSを発症した。

搭乗中に発生した重大な感染例はこの1件だけだが、これを契機として、症状のある利用者を搭乗させないための措置がとられるようになった。

デラニー氏は、新型ウイルスを機内に入れないための戦略には、こうした「水際阻止」作戦も含めなければならないと話す。今後の取組みでは、紫外線殺菌システムや抗菌性素材などの技術に関する研究も取り入れられる可能性がある。

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