社内公募に立候補して社長に!? 「ステーキのあさくま」絶好調を支える若手社長の情熱

千葉 哲幸 (フードサービスジャーナリスト)
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「ステーキのあさくま」というステーキハウスのチェーンがある。創業の地は名古屋で、現在はロードサイドを中心に、東海から関東にかけて65店舗を展開する(2023年8月末現在)。創業年は1962年。「すかいらーく」の1号店出店が1970年と考えると、その歴史の長さがわかるだろうか。この「ステーキのあさくま」が最近勢いを増してきている。コロナ禍にありながら、2023年3月期決算で営業黒字化を果たし、2024年3月期に入ってからも既存店売上高は対前年同月比で2ケタ増を続けている。好調の要因は何か。

「あさくま社長の椅子争奪戦」で社長の椅子を勝ち取った廣田陽一氏

「社長になりたい」と確信した「泣かせるあさくま」

 「ステーキのあさくま」を展開するあさくま(愛知県)は、2006年にテンポスホールディングス(東京都)と資本提携を結び、2011年に同社の連結子会社となっている。テンポスホールディングスは、1997年に代表の森下篤史氏が創業し、飲食店の中古厨房の販売事業などで業容を拡大してきた。

 あさくまは2019年に東京証券取引所ジャスダック市場(現東証スタンダード市場)に上場。コロナ禍で苦戦しながらも、23年2月期決算で営業黒字化を果たし、業績は回復に向かっている。

 なぜ、あさくまはいち早く業績回復を成し遂げることができたのか。その要因の1つが、2022年6月にあさくま代表取締役社長に就任した廣田陽一氏のリーダーシップにある。廣田氏は外食畑とは異なるテンポスグループで、営業部門のマネージャー職を歩んできた。最初にマネージャー職についたのは2013年6月、北関東マネージャーである。当時29歳。異例の抜擢について、廣田氏はこう語る。

 「テンポスグループには『自分の人生を自分で決める』という考え方があり、店長就任から何か新しいことを手掛けるときには『公募』がある、そこに立候補して選任されることになります。この制度で、店長になり、新しい事業部の部長となるなど、テンポスグループの中で約10の部署を経験しました」

 この「公募」の頂点にあるのが「社長の椅子争奪戦」である。社員が集まる中で、社長の座をかけて立候補者が「仕事の成果」をそれぞれアピールし、社員の投票によって社長を決める。この「仕事の成果」とは、立候補した段階で与えられる、定められた期間の中での、①自部署での実績、②設定したゴールに対してどれだけの成果を上げることができたか、だ。これらの中には、テンポスグループの成長戦略に関連するものが多く、「社長の椅子争奪戦」が白熱すればするほど、会社の成長スピードが加速していくという仕組みだ。

 2021年8月、あさくまの「社長の椅子争奪戦」の公募の締め切りが迫る中、廣田氏はこれに立候補しようと考えた。その理由は二つあるという。

 1つは、新しいことにチャレンジしてみたい、と純粋に思ったこと。もう1つは、公募の締切ギリギリのタイミングで、テレビのバラエティ番組で「ステーキのあさくま」が紹介されていたのを見たことであった。

 その番組では、前半にお客が肉汁あふれるハンバーグを楽しそうに食べている様子が紹介され、後半は「泣かせるあさくま」というコーナーで、子供のお客がコックコートを着て厨房に入り、自分で焼いたステーキやハンバーグをお父さん、お母さんに食べてもらうという一幕があった。そして、ふだん言えない「ありがとう」という気持ちを手紙に書いて、お父さん、お母さんの前で読み上げる。サプライズにお母さんは最初は恥ずかしそうにしていたものの、だんだんと目に涙が溜まっていく──。

「泣かせるあさくま」の象徴にもなっている、子供たちが自分たちで調理したステーキやハンバーグをお父さん、お母さんに食べてもらう企画

 「あさくまがそのような取り組みをやっているのは聞いてはいたが、改めて凄いことをやってるんだなと思いました。2021年の8月に、このような世界をどんどん推進していきたいと考えました」と廣田氏は振り返る。

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記事執筆者

千葉 哲幸 / フードサービスジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』編集長、商業界『飲食店経営』編集長を歴任するなど、フードサービス業界記者歴ほぼ40年。業界の歴史を語り、最新の動向を探求する。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社、2017年発行)。

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