ユニクロ柳井正の失敗の美学

2019/09/30 05:00
森田俊一(流通ジャーナリスト)

「ユニクロのSPA(製造小売業)の手法を活用すれば、野菜だってなんだってできる」――。今や2兆円企業にまで成長したファーストリテイリング会長兼社長の柳井正が、野菜の製造販売事業に参入した時の言葉である。しかし、事業開始からわずか1年半で撤退。独自のSPA手法による靴の販売も手掛けたが、こちらも軌道に乗らなかった。以降、多角化には手を染めず、主力の衣料品SPAに磨きをかけるのである。これらの失敗が後のユニクロ成長のバネになったという見方も少なくない。

ユニクロ

 ファーストリテイリングは2002年、必要最小限の水と肥料で野菜を育てる農法「永田農法」により育てた野菜の販売に参入した。

 この頃、一大ムーブメントとなった「フリースブーム」はすでに収まっていたが、それでもユニクロの衣料は野菜事業参入前の01年ごろから売上高が急伸。売上高4000億円を突破するなど、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していた時期だった。当時の柳井氏は、ことあるごとにSPAモデルを活用した事業の多角化を公言しており、野菜だけでなく、靴のSPAにも意欲を示していた。

 鳴り物入りで参入した野菜事業では、「スーパーカーの品質の野菜をカローラ並みの価格で」という触れ込みでエフアール・フーズという別会社を設立。ネット通販を通じ、永田農法による野菜の販売を02年にスタートした。その後は、販路を百貨店などに求め、東京・銀座松屋、池袋東武、横浜シアルなどで販売。路面店も展開した。

 しかし、高品質の野菜を安定供給ができなかったこと、それ以前に商品の販売価格が高かったこともあり、差別化が図れず、結局03年に事業を撤退した。ユニクロに次ぐ第二の収益柱に育てようとした野菜事業は短命に終わったのである。

 さらにユニクロは09年にも靴の販売事業「ユニクロシューズ」をスタートしているが、こちらも衣料品以上にサイズ展開の難しさもあり、11年8月にブランドを廃止。現在も靴に関しては本格展開に至っていない。

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