動き出した低株価評価企業の“山” PBR1倍割れ小売業にこれから起こること
「山」を動かす要因とは

では「山」を動かすであろう要因は何でしょうか。
直接的には、東証が2023年1月30日付け「論点整理を踏まえた今後の東証の対応」に示された次の策が契機です。
「経営陣や取締役会において、自社の資本コストや資本収益性を的確に把握し、その状況や株価・時価総額の評価を議論のうえ、必要に応じて改善に向けた方針や具体的な取組、その進捗状況などを開示することを要請」「継続的にPBRが1倍を割れている会社には、開示を強く要請」
これを2023年春以降、プライム・スタンダード市場の上場企業に求めるというものです。
ただし、これにはもう少し深読みが必要です。
第一に、外国人投資家、アクティビストの存在です。
外国人投資家は円安によってドルベースでの日本の資産価値が減価しており、この回復のために日本企業にグローバルスタンダードを満たす資本効率の改善を求める動きが強まっていると思われます。
ここにアクティビストの活動の活発化も予想されます。欧米の金利上昇と景気動向の不確実性など不透明な投資環境においては、日本の低PBR企業が資本効率改善に目覚め変化を遂げるというのは相対的にリスク・リターンのバランスが良い投資案件とみなして、改めて攻勢をかけてくると予想されます。先ほどの大日本印刷のケースがこれに当たるとみなせそうです。
東芝の事例を見るように、アクティビストが会社の主導権を握り、経営の重要な意思決定がすんなりと進まなくなるような事態は避けたいというのが「山」にいる企業経営者の本音でしょう。そうであれば、企業価値を高めるという本道を進むことが経営者の椅子を守る最善策です。アクティビストの後手に回らないことが肝要です。
第二に、日銀のトップ交代です。
現在は日銀の国債買い入れの是非が論点に上がっていますが、むしろ株式等のETF(上場投資信託)の買い付けの方が見直しの可能性が高いと思われます。日銀がETFを売り始めるとすれば、その後どの投資家がどのような所有形態になるのか(ETFなのか個別株なのか)不透明ではありますが、日銀よりもアクティブな株主に置き換わると考えるべきでしょう。企業経営者としてはこうした展開を描いておかないはずはありません。
このように考えると、いつまでも低PBRを放置する、低ROEを存置する、あるいは成長戦略を実行しないというわけにはいかなくなっていると思います。
対岸の火事では済まされない小売業
では、小売企業の状況を見てみましょう。
東証上場の小売企業340社のうち、足元でPBRが1を下回るのは約120社弱、直近実績ROEが8%を下回るのは約170社強、そしてPBRが1を下回りかつROEが8%を下回るのが約80社となり、小売業も「山」とは無縁とは言えません。
株式時価総額の大きい企業にも、家電量販店、ホームセンター、スーパーマーケットなどで該当企業が散見されます。局所的な問題とは言えないと思います。
低株価評価の小売企業に期待したいこと
そろそろ3月後半以降、2月本決算の小売企業の決算発表が始まります。そこでここに来て急激に脚光を浴びてきた低ROE・PBR対策について前進を期待したいと思います。
筆者としては具体的に次の諸点について説明があれば望ましいと考えます。
- 従来の事業を収益性と成長性の観点でゼロベースで整理し、資本コストを上回るリターンを生むのか判断し効率的な成長戦略を提示できるのか。場合によっては切り離すべきもの、補充すべきものを峻別できているのか。
- 営業キャッシュフローの見通しを示しているのか。さらにその使い道である基盤投資、成長投資、負債削減、株主還元などに関して合理的な配分案を示しているのか。
- 有望な市場・成長機会があるにも関わらず、株主資本の稼働率が不十分であれば、その財務余力を迅速に活かせるのか。たとえばM&Aを仕掛ける体制は準備できているのか。
資本市場で目に留まるようなアグレッシブな計画も良いですが、そうではなくても、たとえば、株主資本が潤沢で資本効率を伴っていない場合、
- 配当性向を大幅に引き上げる
- 配当利回り(一株あたり配当金額÷株価)を物価上昇率を有意に上回る水準にする
- 一株あたりの配当金額を物価上昇率を大幅に上回るようなペースで毎年増配する
というようなプログラムを用意すれば資本市場の印象は良くなると思います。
毎年物価上昇を上回る増配を実現しようとすれば、綿密な経営計画とレジレントな企業運営が不可欠になりますし、成長戦略についてもリターンの高いと予想される案件に対してより傾注するようになるでしょう。
低ROE、低PBRという「山」がいよいよ動き出しそうです。先手必勝、という企業が必ずや増えると期待しています。