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全産業中ワースト2位の不都合な真実、アパレル業界の環境破壊と人権問題を解決する方法

SDGs(持続可能な開発目標)を経営テーマの1つに掲げる企業が増えている。一方でアパレル業界に対しては、環境問題(つくる責任、使う責任、など)、人権問題(誰一人取り残さない)の観点で、これまでも現在も批判の矛先が集まっている。
今回は、このアパレルの環境破壊と人権侵害の実態と、その合理的な解決策を提示したい。

Liuser/istock(写真はイメージ、本文とは関係ありません)

映画「THE TRUE COST」が暴露する、アパレルの不都合な真実

  今から7年前、アパレル産業の環境破壊と人権問題に食い込んだ問題作「THE TRUE COST」が公開された。この映画は日本ではごく一部の映画館だけで上映されたものだが、現在AmazonDVDを購入可能だ。

 このドキュメンタリー映画が写し出す映像はおぞましい。バングラデッシュの8階建てのビルが倒壊し、千人単位の縫製行員ががれきに押しつぶされた「ラナ・プラザ崩落事故」の模様では、ノーカットで死体の映像が映し出されている。実は、この倒壊はすでに予測されていたようで、従業員は何年も前からその危険性を訴えていた。とはいえ、倒壊を防ぐには工場の建て替えなど多額のお金がかかる。そうしたなか経営者は、アパレル側から「コストを上げれば、他の工場、他の国に移すぞ」と脅されていたということである。

 また綿糸用の染色塗料に含まれる有害物質にも焦点が当たる。この有害物質は母体をして奇形児を産ませしむるほどの毒性をもったものだが、その有害物質がインドの川に垂れ流され、そこで子供が水浴びをしたり入浴をしたりしている。結果、顔半分がただれた人、体中が曲がった人などがさみしい目をしながらスクリーンに映し出される。この地区ではガンが異常発生しているそうだ。

 米国では、いわゆる「米綿」の大量生産のため、空中から農薬を飛行機で散布。医学的な因果関係は定かではないが、その綿糸の農園で働いている人達の多くがガンで苦しんでいる。

  さらに、余剰在庫の問題にも鋭いメスを入れる。アパレルが生み出す余剰在庫の焼却によって排出された二酸化炭素が、世界規模で地球温暖化を促進し、地球の温度はすでに危険水域を越え、人類存続はすでに存続の危機に瀕しているということだった。

 このドキュメンタリーでは、これらのおぞましい映像とともに世界主要都市で開催される華やかなファッションショーやアパレル企業のブランドイメージをつくるきらびやかな映像が対比として使われている。企業は、大量のCMを投下し、「最新の服を買い続けろ、そうすれば、あなたも最新のファッションに身を包む上流階級の人間になれる」、と消費者を煽るシーンもでてくる。

 私は、ファッション関係に従事するすべての人にこのドキュメンタリー映画を見てもらいたいと思う。「来年のトレンドは」などといっていることがいかにバカげており、罪深いことか。そして、私たちの経済活動の裏でどれだけの人が苦しんでいるのか。私たちは知る責任があると素直に思ったものだ。

環境破壊2位はアパレル、1位は不明瞭というおかしな事実

 私自身、現実に生産現場の奥地まで入り込み、工場管理からコスト交渉までこなした経験のある人間として、ある程度のことは知っていたが、まさか、ここまで途上国の人達を苦しめている一面があるとは思ってもいなかった。ビルの倒壊に関していうなら、この一つの事件だけをもって産業責任であるというのはいかがなものかと私は思うが、有害物質の垂れ流しなどは決して許されることではないと思う。 

 私は、アパレル産業による環境破壊について詳しく調べたいと思い、さらに様々な海外のドキュメンタリーを見たのだが、不思議な事実に出くわした。

 まず、どれも「アパレル商品」の生産が、環境破壊を繰り返し、また余剰在庫の焼却が地球の温度を上昇させ生態系を狂わしているということでは一致しているのだが、「アパレルが二位」というなら、「環境破壊、悪の元凶の一位」はなんなのかということが、ドキュメンタリーによって異なるのだ。

 あるドキュメンタリーでは、家畜産業による牛のげっぷや糞が、恐ろしいほどの気温上昇を引き起こしており、ロビー活動によって、それらは隠蔽されているという論じ、航空機、あるいは、自動車産業などが「一位」である、など、「さらり」とかわされている。私は、経済学者ではないので、それらの研究、調査は学者や業界団体の方達にお任せするとして、もう一つ不思議なことがある。 

自動車業界では、産業に対して政府主導で規制を行い、目標を課し、産業はそれを技術革新で達成するという循環が持続的な産業発展を可能にしてきた(ElcovaLana/istock)

 例えば自動車に関しては、世界中で排気ガス規制が制定され、例えば、ドイツの主要都市では2018年以降、旧式の排気ガス規制レベルにしか対応していないディーゼル車による市内走行を制限している。イギリスでも2030年にディーゼル車の販売を禁止。日本は、2025年までは年率5%程度の割合でCO2削減を掲げ、東京都の小池百合子知事は、2030年までに都内の新車販売を全てハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)などに切り替える目標を都議会本会議で発表した。

 このように、自動車産業では、各国が環境破壊の深刻さを認識した上で、政策によってたがをはめ、産業に禁止規制を目標値として掲げており、産業は、その目標に向かって技術革新を進めている。

 これに対して、アパレル産業に関しては、企業にあたかも全責任があるかの如く一方的に断じ、ひどい論考になると、「アパレル企業は少なく作ると売上が下がるが、作りすぎても儲かるから作りすぎるのだ」など、間違った事実認識(作りすぎれば、棚卸し資産が現金を減少させてキャッシュフローが悪化し倒産する)をマスコミは流している。さらには、「消費者が安いものを早く求めるから悪いのだ」(では消費者は、流行遅れの高いモノを買うべきなのだろうか?)など、企業や消費者の責任にするものばかりで、最後は「大量生産と作りすぎが問題だ」と結論づけている。

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的外れの産業政策に課題がある

 こうした事実認識は残念ながら、恐ろしいほど間違っている。

 過剰仕入をしたアパレルはキャッシュフローが悪化し、運転資本に回す金さえ工面する余裕がない企業がほとんどだ。投資などできる余裕もなく、こうした企業を与信オーバーして資金面で支えているのが銀行である。つまり、あえて言うなら銀行がルール通りにやれば、過剰仕入をしたアパレルはどんどん倒産していくわけだ。「作りすぎても儲かる」など、会計の基本的なルールを知っているのかと言わざるを得ない。

  また、「パーカーを17000円で販売することが、工場に対して人権を維持できる価格だ」と断じている日本人もいたが、そんな値段でパーカーを販売すれば、ほとんどの消費者はユニクロの1500円のパーカーを買うだろう。つまり、全く経済というものを分かっていないのである。

 私は5年前、経済産業省に対して、日本とアジアを結ぶ「ビジネスプロセスプロトコル」(業務フローの約束事)をつくることを骨子とする政策を提出した。きたるべきデジタル化の素地をつくり、日本初の「ビジネスプロセスプロトコル」を監視する推進母体を設置し、このプロトコルを採用したアジアの工場には、インヴォイス(輸出の貿易書類)に認証マークをつけ、現在、課せられている輸入関税に対して優遇税制を適応するというものだ。その中身が斬新かつ有効であると判断されて経産省に採用された。

 これは、米国で過去実施され、数兆円という経済効果をもたらしたDAMA Project (米国内のアパレル業務フローを統一化、標準化しデジタル化するという一連のプロジェクト)をヒントに、アジアに展開したものである。

 ところが、その後私は病気で入院することになり、自身が推進母体の責任者を続けることができなくなった。そこで止むを得ず、他のコンサル会社に託したのだが、この産業政策を理解するファームは一社もなく、いつのまにか意見交換の会議になりフェードアウトしてしまったのである。

 日本では、有害物質の使用などを禁止するルールがあるのだから、例えば、日本に輸入する(現在、アパレル商品の98%は海外生産である)工場の建築基準や使用染料などに対して「日本基準」をつくり、その基準を満たしたCertificate(証明書)を添付したシッパーに限り、輸入関税を5%下げるなどの政策をつくるべきだ。

 もちろん、企業は利潤を追い求める存在だが、これからは単に売上・利益至上主義だけでは社会が許さない状況になっている。しかし、マネジメントの基本とはシングルディレクション(一方向)である。一つの組織集団に、異なる方向性を二つ与えることは経営学的に正しいやり方とはいえない。アクセル役を企業とするなら、産業全体を制御するブレーキ役を政策でつくるべきだ。実際に、自動車産業はそうしている。

 実は、アパレル業界にも「特恵関税」という制度がある。これは、途上国を「特恵国」と認定し、その国の中の部材を活用して生産された商品については、通常の関税よりも優遇税制が適応され、商社など貿易のプロはこれらを利用するのが当たり前なのだ。現在、製品にはCIF (製造工賃に日本までの湯配送料を加えた簿価)10%程度の関税がかかるが、これを5%程度に下げる。前稿の論考でも解説したように、原材料のコストはFOB (輸出国の本船手すりまでの在庫簿価)の約30%だから、5%というのは、生産国からしてみれば、相当の金額であるし、輸入元の日本もCertificateをつけた工場からの輸入を増やせば、コストが上がることはない。今、世界的に輸入関税の撤廃の方向へ緩やかに動いているわけだから、外圧で輸入関税を下げられるのなら、戦略的に下げろというのが、私の提案である。

 この提案は過去、斬新であるということで、経済産業省内の志ある若い担当者によって、俎上にのった。だが、「縦割り組織の壁」の前に挫折してしまった。いわく、「インセンティブである特恵関税の適応については、管轄が違うため担当外である」と。私は、「ルールをいくらつくっても、輸出業者と輸入業者にインセンティブがなければ、この政策は絵に描いた餅になる」と、幾度も繰り返したのだが無駄だった。

 残念ながら、これが今の日本の実情である。

作りすぎは金融主導で再編を 人権問題は政策で解決する

 まとめよう。作りすぎコストを消費者に転嫁するのは筋違いだ。アパレル企業は、作りすぎようと思って作りすぎているのではない。作りすぎれば、貸借対照表の資産が増加し現金が減少し、デット(借り入れ)が増加する。やがて有利子負債が増えて企業の運転資本(企業活動の基本的な仕入、売上コスト販管費)を侵食し、企業は破産する。

  このように、作りすぎの問題については「放っておく」ことで、企業の新陳代謝が進んでゆく。実際、米国でアパレルが次々と潰れていったのは、そういう背景があったからだろう。私は、半官半民で不良債権を買い取るファンドをつくり、ソフトランディングさせながら産業界の新陳代謝をさせてゆく戦略を提言したい。やれといわれれば、私がやってもよい。価値のある企業は必ず買い手がつくし、これからは価値ある企業同士が競争関係から協業関係に変化する。こうした、金融をつかった産業再編のデザインをすることで、緩やかに産業全体の最適化をすすめてゆくことだ。

  さらに、人権問題については、この際、前述のプロトコル統一と生産工場のCertificationによる日本主導による認証制度を世界に先駆けて導入し、優遇税制適応を政策手動で行うことである。世界で二番目のファッション商品の商品国である日本が世界に引率してこうしたことをしてゆけば、必ず日本は世界に誇る国になることが可能だ。

 この二つが、私が提言するアパレル産業を守るための正しいアプローチである。

 

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プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)