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第6回

2011年1月5日

アジアでのテスコ

矢矧 晴彦

 テスコは11月21日から23日の間で、「Tesco in Asia 2010」という投資家やアナリスト向けのイベントを韓国と中国で開催した。これは同社のアジア事業の状況と将来の可能性を現地で説明するもので、テスコ 側からはフィリップ・クラーク アジア/ヨーロッパ/ITディレクター(次期CEO)、ローリー・マクルウィー グループファイナンスディレクター等の本社幹部と現地の経営幹部が出席した。

 

海外事業の概況

 

 今日ではイギリス国外でも成功しているイメージが定着しているテスコだが、以外にも海外進出を開始したのはさほど早くはない。テスコがイギリス国外に進出 したのは、創業73年目の1992年、隣国フランスへの進出が最初である。この時はフランスのSMチェーンCatteauを買収する形で出店したが、この 進出はうまくいかなかったため、1997年に撤退してしまった。

 

 その後テスコは、フランス国内ではイギリスとの間にあるドーバー海峡近くカレーにて、 「Vin Plus」という1店舗のみを出店していた。この店は知る人ぞ知る店で、地元フランス人向けではなく、税率が低いフランスにお酒を買いに来るイギリス人向 けの店であった。しかし同店では近年、売上の低下が続いたため、2010年7月にその店も閉めてしまった。

 

 またフランス以外にも、台湾から2005年に撤退したが、その際はカルフールのチェコ国内店舗と交換の形で撤退をして、「転んでもただでは起きない」したたかさを見せた。

 

 現在では、海外事業はアジア6カ国(JV形式でのインドを含む)、ヨーロッパ(6カ国)、アメリカの合計13カ国に進出(2010年10月末時点)しており、売上高比で31.4%、営業利益額で22%を占める規模になっている。

 

【表1:テスコのエリア別業績】 

 

 前述のフランスを除けば、テスコの海外進出は、2つの時期に集中している。
1990年代後半
1995:ハンガリー、
1996:ポーランド、チェコ、スロバキア
1997:アイルランド
1998:タイ、台湾(2005年撤退)
1999:韓国

2002年以降
2002:マレーシア
2003:日本、トルコ
2004:中国
2007:アメリカ
2009:インド


1990年代後半はTescoが万年2位から大躍進を遂げた時期で、原動力になった会員カード、Clubcardを導入したのが1995年、中興の祖であるサー・テリー・リーヒー氏がCEOに就任したのも1997年である。東欧を中心とした海外市場進出を含め、今日テスコが世界第4位(2010年デロイトランキング)の小売業の座につく事が出来た様々な施策が、この年代に着手されている。
 

 2002年以降の海外進出は、イギリス市場での将来性を鑑み更に行われたものである。

 

 テスコのイギリス事業は、現在でも売上高で68.0%、営業利益額で70.7%を占める屋台骨で、尚且つ売上高対前年比で4.9%、営業利益対前年比で6.7%の成長を依然として遂げている。
 

 しかし国としての経済成長度合いや、テスコが大きくなりすぎたことに対する様々な規制が課せられていることなどで、他の国々、特に成長が著しいアジアや東ヨーロッパ諸国と比較すると見劣りをする市場になってしまっている。

 

 そのためテスコは、企業グループとして今後も継続して発展していくために、イギリス市場で資金を生み出し、海外市場を育てることに移行している。

 

 しかしながら2002年以降の進出国での事業は、進出してまだ日が浅いため、確実な成果が出るのはまだこれからである。かつては「進出してから5年以内に市場シェアNo.1になる」という目標を社内で課した時期も合ったが、最近の進出ではその通りに行かないケースが目立つ。

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