「小さく始めて大きく育てる」アークス流のDX戦略
アークス(北海道/横山清社長)は、ラルズ(同/猫宮一久社長)、ユニバース(青森県/三浦建彦社長)ら、北海道・東北・北関東を拠点とする食品スーパー(SM)など11社を傘下に抱える食品流通グループだ。各地域の優良なSMが対等の立場で緩やかにつながる「八ヶ岳連峰経営」のもと、情報システムなどの基盤をグループで共通化しながら、各地域に根差した事業運営を行っている。
事業会社が結集し、「DX推進委員会」を設立
アークスのDX(デジタル・トランスフォーメーション)の基盤となっているのが2019年10月に稼働した新基幹システムだ。傘下の事業会社は事業規模に大小があり、情報の粒度も異なっていたため、グループ横断で情報を正確に分析しづらいのが課題であった。
そこで、利益を生み出す源泉である店舗の生産性向上とコスト削減を“一丁目一番地”と位置づけて基幹システムを統合し、商品分類や勘定科目などの“ものさし”もグループで統一した。
アークス執行役員の井上浩一氏は「新基幹システムの稼働から4年が経過し、順調に利活用が進んでいる」とこれまでの成果を評価する。新基幹システムによって、グループ横断で数値を比較できるようになり、商品部門や店舗の現場では有益なデータを取得できるようになった。
アークスでは、傘下の事業会社が同じ方向性のもとでデジタル化を推進するため、グループ横断の「DX推進委員会」を組織している。各事業会社の責任者が集まり、DXについて率直な議論を交わすとともに、それぞれの成功事例を共有し合っている。そのほか、店舗運営や商品調達、カード戦略など、テーマごとにグループ横断の委員会やプロジェクトを進めており、月1回開催される会議を中心にDXやIT化の取り組みを含めた各社の活動を横展開し、グループシナジーを創出している。
「小さく始めて大きく育てる」のがアークス流のDXだ。極力コストをかけずに小さな規模で立ち上げ、成果を検証しながら横展開し、そのノウハウをグループ内の事業会社間で共有していくという地道で着実なアプローチを採っている。たとえば、ラルズが21年10月に開設したネットスーパー「アークスオンラインショップ」は既存の配送インフラや店舗を活用して商品を届けるモデルで、対象エリアや事業会社を段階的に拡大させている。
自動発注システムを全社実装、電子棚札の導入も拡大へ
アークスでは、デジタル技術を活用した店舗運営の効率化にも取り組んでいる。井上氏は「単に設備を導入するだけでなく、導入した設備を活用して人時生産性の改善に向けて努力し、その結果としてコストがきちんと下がることこそ、DXの本来あるべき姿だと考えている」と説く。
そうしたなか、アークスグループ全体で実装したのが自動発注システムだ。タブレット端末に発注推奨数が表示される仕組みによって、経験が浅い従業員でも発注業務を担当できるようになり、さらに発注ミスの低減にもつながっている。
このほか傘下の事業会社では、レジ待ちの煩わしさの解消や人時生産性の向上を目的として、セミセルフレジへの切り替えやフルセルフレジの導入も進めている。
またユニバースでは、電子棚札(ESL)の実証実験を5店舗から開始し、24年1月時点で16店舗にまで拡大している。単に電子棚札を導入するだけでなく、導入に合わせて売場での働き方や人員体制も改革することで、投資額を回収できることがわかった。
現在は、事業エリアが隣接するベルジョイス(岩手県/澤田司社長)でも電子棚札を導入。今後北海道を始め、他エリアの事業会社での導入も進めていく計画だ。
さらにラルズやユニバースなどでは、来店客数に着目し、その予測の精度を高めることで、売場での人員体制の最適化や見切り・廃棄の削減につなげるべく、AIによる来店客数予測の実証実験にも着手する。「天気」と「販促」をパラメーターとして過去1年分の来店客数データをAIに学習させたところ、一定の精度で来店客数を予測できるようになっている。
今後については「どのパラメーターが来店客数にどのくらい寄与し、どのような傾向が出るのか」を詳しく検証したうえで、24年度初めには実用化の可否を見極める方針だ。
会社HPやアプリを刷新、ID-POS分析も本格化
他方、「DX推進委員会」の傘下でデジタルマーケティングを推進する「マーケティング推進プロジェクト」では、デジタルを活用した情報発信を強化している。
その取り組みの第1弾として、アークスグループ全社のウェブサイトをリニューアルした。M&A(合併・買収)を重要な成長エンジンの1つに位置づけるアークスの経営戦略をふまえ、今後も志を同じくする仲間が増えることを想定したうえで、グループ共通の運用ポリシーも策定。また、ウェブサイトのリニューアルに合わせて「ホームページ委員会」を新設し、ウェブサイトの運営や活用に関する情報をグループ横断で定期的に共有していく計画だ。
24年秋には、スマホアプリ「アークスアプリ」もリニューアルする計画だ。グループ共通のポイントカード「アークスRARAカード」のデジタル会員証やポイント履歴の閲覧、「お気に入り店舗」の登録といった既存の機能に加えて、現場から要望の多い販促機能を拡充し、顧客のファン化や離反防止につなげる。まずは、クーポン機能を追加する予定だ。
顧客のファン化や離反防止の対策には、顧客データの分析が不可欠となる。アークスでは、すでにID-POSデータ分析システムを導入しているものの、「現場での利活用はまだ十分に進んでいない」(井上氏)という。
そこで、スマホアプリのリニューアルに合わせて、ID-POSデータを分析できる体制も整備する方針だ。井上氏は「ベンダーに『伴走』してもらいながら体制を構築し、2~3年かけてグループ内にノウハウを貯め、『自走』できる組織にしていきたい」と述べている。
店舗では、売場のPOPやチラシでは伝えきれない商品の魅力や生産までのストーリー、生産者のこだわりや思いなどを発信するメディアとして、デジタルサイネージの導入も進めている。
アークスグループの中で、この領域で先行しているのがラルズだ。青果や水産の生産者の声を集めた動画コンテンツを売場で発信し、食の安全・安心をアピールするとともに、商品の価値を訴求している。また、メーカー30社が各15秒の動画広告を出稿。ここから得られる収益はデジタルサイネージの運営費に充てられている。
ラルズでの取り組みの成果をふまえて、北海道内の他の事業会社にも横展開し始めた。デジタルサイネージの導入店舗数は24年1月時点でラルズ12店舗、道南ラルズ(北海道)3店舗、道東アークス(北海道)1店舗の計16店舗となっている。
新日本SM同盟での事例共有も進む
もう1つ、アークスグループがDX戦略を推進するなかで大きなメリットを発揮しているのが、18年12月にバローホールディングス(岐阜県/田代正美会長兼CEO:以下、バロー)およびリテールパートナーズ(山口県/田中康男社長)との3社で結成した「新日本スーパーマーケット同盟」の存在だ。各社のDX関連の取り組みは3社間でも共有されており、アークスのDXにも生かされている。
たとえば、バローでは、22年3月に自社アプリ「ルビットアプリ」をリニューアルして顧客のファン化につながる機能を拡充した結果、そのユーザー数は「アークスアプリ」の約5倍に伸びているという。井上氏は「『アークスアプリ』はこれまで決済系や認証系の機能を優先して実装してきたが、24年秋のリニューアルでは『ルビットアプリ』の事例からも積極的に学んでいきたい」と述べている。
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