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カインズ、ニトリ、カスミ…DX先進企業に共通すること、DXの進め方とは

DX白書1280

※本稿は2023年3月1日発行の別冊「流通テクノロジー」で掲載された記事です。取材内容や所属などは発行日時点のものです。

DXの先進企業その共通点は?

 DXという言葉が聞かれるようになって久しい。ダイヤモンド・リテイルメディア運営のオンラインメディア「D C Sオンライン」の「雑誌内検索」という機能を使って、『ダイヤモンド・チェーンストア』誌のバックナンバーを検索してみると、「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が初めて誌面に登場したのは2017年にまでさかのぼる。それから徐々に使われる機会が増えていき、19~20年頃にピークを迎え、現在もほぼ毎号のように「DX」というワードが記事に登場している。

 バズワードというよりも、もはや一般的な言葉となったDXだが、小売業界のDXは進んだのだろうか。確かにネットスーパーやアプリ、AI自動発注などを導入する企業は以前より増え、上場企業の決算説明会で「DX戦略」についてのプレゼンテーションを聞くことも増えた。だが、DX本来の意味である、「企業がデータやデジタル技術を活用して、自社のビジネスモデルを変革し、新たな価値を提供する」という段階まで至っている企業はひと握り、というのが現状ではないだろうか。

 ホームセンター大手のカインズ(埼玉県/高家正行社長CEO)、ホームファニシング大手のニトリホールディングス(北海道/白井俊之社長)、「無印良品」の良品計画(東京都/堂前宣夫社長)、食品スーパーのカスミ(茨城県/山本慎一郎社長)と、本特集では、業界内外から「DXの先進企業」として知られる小売企業を取材している。

 これらの企業に共通しているのは、自社でIT人材を抱える、いわゆる「内製化」によってDXを推進している点だ。たとえばカインズは、18年に「IT小売業宣言」を打ち出して以来、IT人材を積極的に採用。現在200人規模の組織に拡大している。

 ニトリの内製化の歴史はさらに古く、紙伝票をデジタル化した現在から20年以上にさかのぼる。資材調達から製造、輸入、物流に至るまで、川上から川下のサプライチェーンすべてを手がけるビジネスモデルで知られるニトリでは、情報システムの開発や運用も自社で行ってきた経緯を持つ。システム開発部門である「情報システム改革室」のメンバーは約200人で、ITベンダーからの常駐者を含めると総勢400人に上る。

「内製化」するメリットは何か

 では、内製化にはどのようなメリットがあるのか。

 まず考えられるのが、ITエンジニアが自社の業務を深く理解しているという点だ。たとえばシステム開発を外部ベンダーに委託した場合、納品されたものと現場が求めていたものとで「ズレ」があったというケースも少なくないという。自社の業務を熟知したITエンジニアであれば、的確に現場のニーズを拾い上げ、開発を進めることができるというわけだ。

 もう1つは開発スピードの問題だ。ユーザー、小売業で言うところの「お客さま」が目にするアプリやECサイトなどは、UI(ユーザインターフェース)やUX(顧客体験)をつくり込む必要がある。一方、従業員だけが使用する社内システムであれば、細部までこだわる必要はなく、一定の品質が保たれていれば問題ない。その分、開発にかける工数も減り外注よりも早く開発することができる。これらの2つの利点により、結果的に外注よりも開発コストが安くなる、というケースも多い。

 そのほか、デジタルは自社の競争力の核であるため、ベンダーに依存すべきではないという考えもある。本特集のインタビューに応じたカインズの高家社長CEOは「デジタル領域を成長ドライバーととらえ、企業の競争力の1つと位置づけるならば、プランニングや戦略立案、コア領域の設計・開発といった核の部分は内製化すべき」と断じる。

 言うまでもなく、小売業の競争力の源泉とは、商品開発や売場づくりであり、これらを丸ごと外注する企業は存在しない。デジタル活用もこれらと同じと考えるのであれば、内製化すべきであるというのだ。

過熱するIT人材獲得競争

 まさにメリットだらけの「内製化」だが、最も懸念されるのがIT人材にかかる人件費コストの問題だ。求人情報・転職サイト大手の「doda」が公表している、最新の業種分類別の平均年収(手取りではなく支給額)は、「IT/通信」が436万円、対する「小売/外食」が351万円と80万円以上の開きがある。高度なIT人材であれば、その給与は“青天井”であり、他業種との奪い合いにもなる。

 小売業界の給与モデルは当然、小売ビジネスを想定したものとなっている。IT人材を採用するためには、既存の人事・給与制度とは異なる新たな制度を設ける必要がある。そうしたなか、DX先進企業と言われる企業の多くは、IT人材に合わせた給与モデルや働きやすい環境を備えた子会社をグループ内に立ち上げ、IT人材を積極的に採用しようとしている。

 たとえば、カインズはIT人材の受け皿となるIT子会社を設立。20年1月にはデジタルの拠点「CAINZ INNOVATIONHUB(カインズ・イノベーション・ハブ)」を東京・表参道に開設した。「2032年にIT人材1000人体制」という壮大な目標を掲げるニトリも22年4月にIT子会社のニトリデジタルベースを設立。そのほかにも、家電量販店大手のビックカメラ(東京都/秋保徹社長)がIT子会社ビックデジタルファームを22年9月に立ち上げ、ITエンジニアを数百人規模で採用することを明らかにしている。

 少し古い出典になるが、経済産業省は30年に最大で約79万人のIT人材が不足する可能性があると公表している。IT人材の獲得は全産業共通の課題であり、IT人材の獲得競争が今後激化するのは必至だ。

 そうした背景にもあって、内製化を進める企業とそうでない企業の格差は、今後いっそう拡大していくとみられる。

 これまでのDXの議論では「何を目的にDXを推進するのか」「DXで何を実現するのか」が重要視され、「自社のめざすものが(DXとは)別のところにあるのであれば、無理にDXをする必要はない」という意見もあった。しかし、小売を取り巻く環境は厳しさを増しており、「デジタルの力を使わない」という選択肢はもうほとんど残されてない。小売業はDXとどう向き合い、どのようにDXを進めていけばいいのか。そのヒントが本特集には散りばめられているはずだ。

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