新型コロナウイルスによる行動制限が徐々に緩和され少しずつ明るさが戻った6月、大きな注目を集めたのは「ザラ」を展開するインディテックス(Inditex)とコーヒーチェーンのスターバックス(Starbucks)が、小売業界においていち早く新戦略を発表した点だろう。国内の多くの小売業が、「先行き不透明」として戦略発表を控える(もしくは戦略を立てられていないか)なか、グローバルで展開する企業がどのような観点で、どういった戦略を描いているのかを紐解いてみたい。
6月の注目はインディテックスの新戦略
新型コロナウイルスによる行動制限が徐々に緩和され少しずつ明るさが戻った6月、注目を大いに集めたのは6月10日に発表されたインディテックスの戦略だろう。
この新戦略は、2012年以降展開してきた店舗大型化とデジタル対応の延長線上にあるもので、2020年から2022年の間に次の施策を進めるというものだ。
- 27億ユーロの投資、うち10億ユーロをオンライン関連に充当
- Zaraは2020年内にオンラインスタジオ(6万4000㎡)を開設
- Inditex Open Platform (IOP)というデジタルオペレーションシステムの開発
- テクノロジーによる顧客体験の刷新
- ファッションに対する顧客との関与の個別化
- オンライン売上高の引き上げ(2019年14%を2022年25%以上に)
- サステイナビリティへのコミット
- 人材開発
- 持続的利益成長
ポイントは顧客接点の強化とサプライチェーンの「リーン化」のようだ。前者については、スマホアプリのStore Modeを通じて、顧客が各店舗の在庫を事前に確認、店舗に着くまでに購入を終え、店舗でQR決済によるピックアップができるようにするなど、顧客の利便性を高める。さらにコーディネート提案、在庫の店舗内展示情報、試着室の予約なども行える。後者については、店舗在庫管理の精度アップとリアルタイム管理をベースにサプライチェーンの最適化をデジタルプラットフォームで磨き直すということだろう。
ちなみに店舗について付言すると、中小型店舗を1000〜1200ほどスクラップする一方、大型店舗を450ほど増やすが、総店舗数は現状の7412から6700〜6900へ減少することになる。売場面積の増加ペースは年率+2.5%を想定している。
この戦略からは、グローバルのアパレルトップ企業として手堅くやるべきことをまとめてきた印象を受ける。
もう一つの注目はスターバックスの米国店舗網の再整備
実は私は、同日に発表されたスターバックスの米国店舗網の再構築表明にも大変注目している。その概要は次のようになる。
- 消費者が事前に注文と決済ができるスターバックスアプリを活用
- 今後一年半で直営店を400閉鎖。2020年度の新店舗は従来の600から400へ下方修正。
- 都市部では従来型のカフェに隣接する形でスターバックスピックアップ(アプリでオーダーした商品を消費者がピックアップする場で、フードデリバリによるピックアップにも対応)という新たな形態の店舗を増やす。
- 郊外では、店舗の駐車場などで消費者が店内に入らずに注文した商品をピックアップできるカーブサイド(縁石)ピックアップサービスを提供する。さらにドライブスルー店舗も展開する。
アプリが顧客接点の役割を強めること、顧客体験を重視すること、現状の店舗網に満足せず店舗数削減をためらわないことにインディテックスとの共通点がある。一方、スターバックスに関してはサプライチェーンに関して踏み込んだ議論は表に出ていないようだ。
COVID–19で転んでもただでは起きない
この2社の足元の業績は新型コロナウイルスによる移動制限の影響を受けて厳しいことは言うまでもない。インディテックスの2-4月期は赤字、スターバックスの4-6月期の業績ガイダンスも一株当たり純利益がマイナスになることが公表されている。
しかし、流石に世界のトップ企業だけのことはある。二つの点で感心させられた。
第一に、四半期決算の赤字の公表で終わらせず、しっかりと今後の方向性を示したこと。そして第二に、今回の戦略は既定路線で下準備がなされていたことである。しかも店舗展開について言えば、景気に下方圧力がかかり物件を押さえることが容易なタイミングを狙っている。
日系の様々な企業がこれから3-5月期、4-6月期の決算を発表する時期に入るが、一体どれだけの企業が投資家を納得させる次の手を素早く打ち出すことができるか。ぜひインディテックスとスターバックスを手本にして欲しいと願う。
アフターコロナへの打ち手は十分か
しかし、インディテックスやスターバックスがこれで安泰かと言えば、まだ何とも言えないというのが、私の正直な感想だ。
仮にコロナが波状的に流行し移動制限が続く場合、およびコロナ終息後も失業率が高止まる場合の消費動向は厳しくならざるを得ないであろう。さらに、アフターコロナに入ってもリモートワークが定着する場合、ファストファッションあるいはサードプレイスという市場は安泰なのかという問題もある。インディテックスについては、そもそもスペインからの空輸を前提とした売り足しというビジネスモデルがコロナショックのような場合にBCP(事業継続計画)的に大丈夫か、そして本当にESG(環境・社会・ガバナンス)的かという問題もあろうし、デジタルネイティブなファストファッションプレーヤーの台頭リスクも付きまとう。スターバックスにおいても、持ち帰りを推進するほど、今後は商品のコストパフォーマンスが問われるのではないだろうか。
今彼らができる最良の打ち手はアプリによる顧客体験の向上と囲い込みなのだと思う。だからこそ、両社の打ち手が似通ってくることを痛感させられた6月であった。
プロフィール
椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、