小売業受難の2022年なのに、百貨店の株価が高騰する理由とは

椎名則夫(アナリスト)
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先行するJ.フロントリテイリングが示す深い“悩み”

 いかがでしょうか。
 このところ百貨店株がしっかりしているのは、①コスト構造改革を進めるなかで、ポストコロナ禍に入り人流の回復で売上高が回復し、業績改善が加速的に進む期待が強まっていること、②新富裕層の台頭やデジタル技術の普及という機を生かしてインフレ下でも購買力が強い顧客層へのアプローチを強化できそうなことになると筆者は考えます。

 また長期戦略の方向感についても市場が納得感を持っていると思われます。少子高齢化、リモートワーク定着、SDGsに対する意識の高まりにより、アパレルの大量消費が望みにくくなりました。そこで、外商とデジタル技術で販売力を強化する、金融の深掘りと不動産の高度利用によって収益基盤の多様化をさらにすすめて、パンデミックなどに対するレジリエンス(回復力)を強靱化するという点がこの2社の戦略に共通して見られます。従来の延長線上にあると言えなくもないですが、事業環境からみて理にかなうものとして評価されているのでしょう
 さて、今回2社の統合報告書を眺めながら感じたことがあります。筆者の理解では、J.フロントリテイリングの方が三越伊勢丹ホールディングスよりもポスト百貨店モデルの模索という点で先行しており、コロナ禍でも相対的にレジレントだったと筆者は感じていましたが、その同社がコロナ禍であらわになった経営課題について、統合報告書の中で深い自省をしているのです。

 例えば、「コロナの“気づき”をどう活かすか」という記述では、ビジネスモデルの脆弱性、都心立地の優位性への懸念、デジタル対応への遅れ、事業ポートフォリオのレジリエンス不足、人と人とのコミュニケーションの重要性、安全・安心への配慮の再認識、あらゆるステークホルダーへの目配りについて深い洞察が示されています。また、「コロナが迫る、百貨店ビジネスモデルの転換加速」という記述には事業変革の緊急性が強く打ち出されています。

 こうした記述は同社の実直さを示すとも言えますし、ポスト百貨店を模索し続ける同社の先行性をアピールするものともみなせます。さらに同社の現在の長期的戦略の方向性を正当化する意味もあるでしょう。筆者は総じて好意的に読み込みましたが、しかしコロナ禍で人流が減り、インバウンドが消失し、リモートワークの浸透で都心立地オフィスも安泰とは言えないという現実を見た経営陣の苦悩の深さも伝わってきます。

三越伊勢丹のめざす新しい百貨店が、業界浮上の起爆剤となるか

今後の外商の役割は、富裕層の動産管理、アドバイザーか

最後になりますが、2社の資料を眺めながら気になったのは、高額品の販売が好調な点です。ここでいう高額品とは、時計・宝飾・ラグジュアリーブランド・現代アートを指すようです。

この背景には、円安進行を見越した輸入高額品への需要の高まりがあるのでしょう。しかしそれにとどまらず、ひょっとすると、富裕層がインフレ到来を見越して、高額品の動産に分散投資することでインフレヘッジやリスク分散を進めているのかもしれません。そうであれば、今後の外商のあるべき姿は、動産の管理・アドバイザーなのかもしれません。目配りを続けたいと思います。

 

プロフィール
椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師

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