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買付け価格は割高ではない?徹底分析!島忠争奪戦でニトリHDがはじくソロバン

相次ぐ再編と新型コロナウイルス(コロナ)禍に伴う需要増大により、大きな脚光を浴びているのがホームセンターである。そのホームセンター業界に対し、M&A(合併・買収)による参入を発表したのが家具・ホームファッションの専門店を展開するニトリホールディングス(以下、ニトリHD)だ。しかもDCMホールディングス(DCM HD)が公開買付けを行っている島忠に対してDCM HDを上回る価格で公開買付けを行うというもので、争奪戦の様相を呈している。ではなぜDCM HDは買付け価格を引き上げないのか、一方でニトリHDの提示額は割高ではないのか。そんな疑問を持つ読者も多いことだろう。それらを、財務分析と今後の両陣営によるシナジーを試算しながら明らかにしたい。今回の分析から明らかになることは、ニトリが今回買収に成功し、膨大な資金を使ったとしても、負債調達力が温存され、次なるホームセンターの買収や新たな大型投資に何の不安もないということだ。どういうことか、じっくり見ていきたい。

ニトリHD 似鳥昭雄会長

ニトリホールディングスが島忠争奪戦に参戦

 2020年10月2日にホームセンター企業のDCM HDが同業の島忠と経営統合契約を締結、その株式を一株4200円で行うことを公表した。10月5日から11月16日までの期間に公開買付けを進めていた最中である10月29日、ニトリHDが一株当たり5500円で島忠株の公開買付けに名乗りをあげた。

 ニトリHDは島忠経営陣と十分な連携をとっていない模様で、島忠・DCM HDにとってみれば敵対的とは言えないものの友好的とも呼べない展開になっている。しかし、ニトリHDの掲げた買付け価格はDCM HDの提示額を“約3割”上まわる。これは島忠の株主にとっては大いに“友好的”な提案だ。ここに至りDCM HDが対抗して買付け価格を引き上げる意向を示していないため、島忠経営陣がこの成り行きを固唾を飲んで見守っているのは間違い無いだろう。

 本稿では、なぜDCM HDはニトリHDに対抗して買付け価格を引き上げないのか、ニトリHDはなぜDCM HDを上回る価格を提示できたのか、そして島忠の経営陣の判断は好ましいものなのか、筆者なりに整理してみたい。

買付け価格、DCMがニトリに対抗しない理由

 本稿執筆時点でDCM HDがニトリHDの買付価格に対抗措置をとる気配はない。筆者の見立てでは、DCM HDの負債調達余力に限界があり、DCM HD+島忠の組み合わせで生まれるシナジーに短期的に過大な期待は難しいからだと推察される。

 まず、DCM HDの提案のもとで、DCM HD+島忠のネット有利子負債の金額を試算する。

 DCM HDの2020年8月時点の貸借対照表によれば、現預金746億円に対して有利子負債(含むリース債務)はおよそ1497億円あり、差引き751億円のネット有利子負債を抱える。これに島忠買収資金1636億円を有利子負債で調達すると仮定し、さらに島忠のネット現預金等145億円(2020年8月時点)を勘案すると、DCM HD+島忠合算のネット有利子負債2242億円になる。これに対してDCM HD+島忠のEBITDA(税引き前、利払い前、減価償却前利益)を試算すると、DCM HDは2021年2月期会社予想が421億円、島忠が2021年8月期会社予想ベースで163億円、合算584億円と試算される。以上から、DCM HD+島忠単純合算のネット有利子負債はそのEBITDAの3.8倍(=2242/584)になる。

 次に、DCM HDが買収価格をニトリHDの提示額まで引き上げたとしよう。このためには506億円の追加の資金調達が必要になる。これを有利子負債で賄うとすると、ネット有利子負債/EBITDA倍率=(2242+506)/584=4.7倍になる。この比率は昨今の金融情勢であれば上限に近い金額であり、仮にニトリHDが買収価格をさらに引き上げればDCM HDは追随するのが難しい(なお、ニトリHDは2142億円を用意する必要があるが、この金額はニトリのネット現預金の金額に相当するため、必要とあれば買付価格を引き上げる余力がある)。

 では、シナジー効果を勘案したら負債調達力は変わるのか。当面鍵となるシナジーは、DCM HDのプライベートブランド(PB)を島忠に横展開することだと仮定し、やや大雑把な試算をしてみると次のようになる。島忠のホームセンター用品売上約1000億円(筆者推計)の20%程度をDCM HDのPBに置き換え(DCM HDの売上高に占めるPB比率が約22%と推察されるため)、この部分の粗利率が5〜10%ポイント改善するとする仮定すると、10〜20億円の利益増大効果となる(実際にシナジー効果はもう少し大きくなるべきだと思われるが)。シナジー発現でEBITDAを増やし負債余力を高める手法に限度があることがここから推察できる。DCM HDが買収価格の引き上げに慎重にならざるを得ないはずだ。

ニトリHDは豊富な現預金を収益化、シナジー効果を描きやすい

 次に、ニトリHDの視点に立とう。

 今回ニトリHDは2142億円で島忠の買収をすることになるが、ニトリHDは手元のネット現預金を充当すればすむ(2020年8月におけるネット現預金=現預金2330億円ー有利子負債130億円)。ゼロ金利のもとで利息を生まない現預金を、収益を挙げている島忠の事業資産に入れ替えることになり、それだけでニトリHDの株主にとってはプラスとなる案件である。

 次に、シナジー効果を試算する。

 島忠の家具・ホームファッション売上高を約400億円、その粗利率を43%とする(これは2017年8月期までIR開示資料から推察)。そこでこの売上高の70%がニトリ商品に置き換わり、ニトリの連結粗利率である56%をあてはめると、400億円 x 70% x(56%ー43%)=36億円の増益要因となる。つまり、DCM HDよりもニトリHDのほうが島忠の増益効果ポテンシャルが大きいことになる。

 ちなみに、島忠の2020年8月期の営業利益は95億円で、上記のニトリHDによるシナジー効果は営業利益を(販売管理費の変動を脇に置くとして)37%押しあげることになり、島忠の総資産経常利益率(ROA)も実績値である4.3%から5.9%程度へ改善するはずだ。

 ただし、ニトリHDの総資産経常利益率のハードルは従来7.5%である。島忠はホームセンター商品のウエイトが大きいため単純にこの数値を当てはめることには異論もあろうが、ニトリHD側はできる限りこのハードルを島忠にも求めていくのではないだろうか。ニトリHDは島忠の商品を最大限ニトリ商品に入れ替え、あらゆる費用を削減し、さらに島忠の家具とホームセンター商品をニトリ店舗への展開し、さらにこのホームセンター商品を順次ニトリHD得意の製造小売のプラットフォームに乗せて競争力を高めていくことは当然の流れになるだろう。

ニトリがホームセンター業界へ本格参入
温存される負債調達力

 改めてニトリHDの今回の発表資料を見てみると、本業である家具・インテリア商品から隣接するホームセンター商品などに商品のラインナップを拡充することに並々ならぬ意欲が示されている。従来筆者は、ニトリHDの成長戦略は、国内では家具・ホームファッションのオーガニック成長、米中への水平展開、アパレル本格参入にあると理解していた。それゆえ、本件は筆者の理解の浅さを露呈させられるものだった。

 ニトリHDのコアコンピタンスが製造から販売までを一気通貫して経営効率を追求する製造小売にある以上、製造小売化が進んでいない隣接事業領域に経営資源を投下するのは理にかなう気がしてくる。

 しかも、長年積み上がっていた現預金を一気に活用することになり、ニトリHDが資産効率に十分敏感であることを投資家に知らしめる効果もあった。

 さらに注目したいのがニトリHD+島忠の財務状況だ。本件後も2社いずれも現預金が有利子負債を上回るネット現預金(ネットキャッシュ)の財務ポジションであるため、負債調達力を温存できている。島忠の基盤でありニトリHDが十分なシナジーを提供できないホームセンター商品の領域で外部の経営資源をさらに取り込む必要性が感じられるだけに、次のM&A(合併・買収)をつい予想したくなる。それはホームセンターなのか、ドラッグストアなのか、100円ショップなのか、EC事業者になるのであろうか。

島忠経営者は株主のエージェントとして振る舞っているのか

 最後に一点。島忠の経営陣はなぜDCM HDの提示価格4200円が島忠の一株あたり純資産(BPS)4661円(2020年8月期)を下回るレベルだったにもかかわらず、島忠の株主に対してDCM HDによる買付けに応募することを推奨したのか(編集部註:株価をBPSで割った株価純資産倍率<PBR>が、本件のように1倍未満だと企業の解散価値を下回ると見ることもできる)

 純資産額が解散価値を的確に表しているとは言い切れないが、その目安になることは間違いない。このため、島忠の株主は島忠の経営陣に対して「清算した方が価値が大きいはずなのに、一体なぜこの安値を容認するのか」と不信感を抱くのが自然だろう。「そもそも買収の標的になったのは、島忠経営陣が株主から預かる株主資本を十分に有効活用できず株価が低迷していたからではなかったか。」島忠株主の思考回路はこうならざるを得なくなる。

 もし島忠がDCM HDの買付け価格を4661円以下では認めないと交渉していたら、あるいはDCM HDの買収提案に対して賛成表明を留保していたら、ニトリHDの反応もひょっとしたら変わっていたかも知れない。

 DCM HDははじめからニトリHDが参戦したら深追いしないという腹づもりだったようにも思われるが、それはそれ。島忠経営陣は島忠の株主目線にもう少し寄り添っておくべきだったと考える。これは今後のM&Aで標的にされる企業経営者の振舞い方について、良い教訓になるのではないだろうか。

 

プロフィール

椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師