時価総額は8500億円に迫る!アシックス強さの秘密とアキレス腱とは

河合 拓 (株式会社FRI & Company ltd..代表)
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ROAツリーにみる、アシックスの在庫戦略

  最後にアシックスの在庫戦略について考えてみたい。というのも、決算説明資料内にわざわざ「ROAツリー分解」という資料を用いて説明していたからだ。ROAとはご存知の通り、総資産利益率のことで、売上高経常利益率と総資産回転率の掛け算で算出される。同社の場合は第1四半期ということもあり、総資産は2212月期末総資産と2312月期1Q期末の期中平均とし、分子は2312月期1Q純利益、これに4倍した数字を1QROAとして算出している。

 私は、文字通り少ないアセットで最大利益を出す、つまり、在庫回転率の向上と期末在庫の最小化こそ、同社が狙う戦略ではないかと仮説を立ててみた。 

 この「ROAツリー」の総資産の分解には、運転資本(正常運用状態に必要な資金、一般的に仕入、支払いを指す)の回転率、つまり、仕入れた商品は即座に売って換金することについて意志を持ってコントロールしている印象を受けた。つまり、アシックスは全社的に在庫削減に取り組んでいるのではないかという仮説になる。

 在庫については、過去4期分の通期決算から見ていきたい。なお、単体ベースでは在庫を持つ機能がないと考えられるため、連結ベースで見ていく。

連結ベース 19年度 20年度 21年度 22年度
商品及び製品 91,621 86,621 79,155 132,588
仕掛品 388 358 297 229
原材料及び貯蔵品 1,149 1,144 594 2,765
合計 93,158 88,123 80,046 135,582
売上高 378,050 328,784 404,082 484,601
売上高在庫比率 24.6% 26.8% 19.8% 28.0%

 このあたりで、在庫はいわゆる一般的な、アパレル企業と同じレベルになっていることがわかるが、在庫をみてみると、20年度のコロナ初年度に売上が急減し、在庫が増えた一方で、21年度に在庫をかなり低めにコントロールして利益を捻出、22年度は売上が急速に伸びたことでそれに合わせて在庫を積み増した状態であることがわかる。この傾向は、先に紹介したABCマートを例外として、ほとんどのアパレル企業が陥っており、今後の売上高期末在庫比率には注視しておく必要がある(ここは、よく質問がくる場所なので詳しく解説すると、売上高期末在庫比率として、「率」で示しているため、売上の絶対値がどのように変化しても在庫水準には関係ないことをご留意いただきたい)。

 アシックスの強みとアキレス腱とは

 さて、このあたりでアシックスについてまとめてみよう。確かに、コロナで売上・利益は減ったのだが、その後のリカバリが素晴らしい。ABCマートと同じように、新型コロナウイルス前を超す売上・利益を計上している。その伸張率も40%前後。いままで、巣ごもりさせられていた日本人が、外にでて回遊できるとなると、かくも大きな売上伸張率を計上できるものなのか、ここは流石に驚いた。また、その伸張率は同社の考える通りに成長しているようだ。

 個人的な話になるが、私自身もオニツカタイガーが好きで、Made in Japan の匂いがし、また、ファッショナブルで、いわゆる「アジアンブーム」のトップランナーのようなポジションにいる気分になる。アシックスがそのことに気づいているかどうかわからないが、オニツカタイガーは、「攻撃的な無印良品」といえるだろう。こうした、ユーザーが無意識に感じるポジションこそ、しっかりとプロダクトのコア・バリューにし一貫性を保つ。これが、ブランド化の能力を潜在的に持つプロダクトブランディングの考え方だ。

 では、アシックスにはアキレス腱はないのだろうか?

 私が見る限り、卸中心のビジネスモデルはやがて終焉を迎え、店頭と工場がデジタルで結びつくデジタルSPAとなり、さらに、その先には、日本では80%が失敗しているとされているD2Cになってゆく。なぜ、日本でD2C8割が失敗しているかは、私が口を酸っぱくして繰り返し言ってきたことなので割愛するが、例えば、D2CならD2Cで、自分でやってみることだ。店舗を出す金も店長候補もいない。第3者ネット販売に初期的には頼らざるを得ない。これだって、立派なD2Cである。そうすれば、マーチャンダイジングの難しさ、ファクトリーブランドのさらなる難しさがわかる。そして、ライブコマースで消費者を買いたいと思ってもらうトークをする難しさが分かるだろう。

 話をアシックスに戻すと、アシックスはメーカー型のシューズアパレル企業ゆえ、こうした川下の販売に関するところがアパレルよりうまいとは必ずしも言いがたい。こうした時代の流れが自社の競争環境に何を与えるのかを分析し、仮に大きな影響力があるとしたら、その波にうまくのれるか否かが戦略的論点となるだろう。直営店とECを連動させ、直営比率を高めるナイキとはそこが異なると言えそうだ。

 

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プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/index.html

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記事執筆者

河合 拓 / 株式会社FRI & Company ltd.. 代表

株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)。The longreachgroup(投資ファンド)のマネジメントアドバイザを経て、最近はスタートアップ企業のIPO支援、DX戦略などアパレル産業以外に業務は拡大。会社のヴィジョンは小さな総合病院

著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「生き残るアパレル死ぬアパレル」「知らなきゃいけないアパレルの話」。メディア出演:「クローズアップ現代」「ABEMA TV」「海外向け衛星放送Bizbuzz Japan」「テレビ広島」「NHKニュース」。経済産業省有識者会議に出席し産業政策を提言。デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言

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