あなたの会社はいくら?いよいよ始まるアパレル大買収時代と正しいデューデリジェンスの手法

河合 拓 (株式会社FRI & Company ltd..代表)
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EBITDAと事業計画がすべて

rs-photo/istock
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 最後に、このデューデリジェンスを理解する際に、いわゆる企業を現金製造機と見立てた場合、生み出される現金(例えば2万円)が、粗利か営業利益か、経常か純利か、という問題、そして、「倍率」という独特の概念、事業計画について解説したい。企業再生の依頼がくるとき、最初に手にするのは、会社側から出される全く根拠のない右肩あがりの事業計画である。ファンドの人達も、頭をよく鍛えられているため、最初から冗談のような事業計画を全否定することなく、「これはこういうものなのですか」と、必ず知見者にきいてくる。

  外資を渡り歩いていた私は、自分の会社の損益計算書が、EBITと工数積上げ型売上という、独特のコンセプトで表記されていることを理解するため、米国本国の経理担当者と数週間にわたって慣れない英語で議論をしたことがある。「そんなことも知らないのか」とバカにするお方もおられるだろう。しかし、私がそれを米国本社と討議をし、全貌を理解するまで、その会社には誰も損益計算書(PL)を読める人間がいなかったのは事実だ。戦略コンサルなどといってもそのレベルなのだ。

  話を現金製造機に戻すと、生み出される現金が、1500円なのか2000円なのかを正確に計測するためには、粗利も営業利益も経常、純利も役に立たないといったら驚くだろうか。説明しよう。まず、粗利率がいくら高くても、販管費を「販売に必要な費用」と捉えるなら、もし、 

販管費>粗利 

 だった場合、この企業=現金製造機は、1万円をいれたら8000円になってでてくる壊れた機械ということになる。当然、粗利をさらに増やすか販管費を減らすかのいずれかの対策をとらねば、「価値はゼロ」でデューディリジェンスは(基本的に)終了だ。 

 また、もっとも営業活動で生み出される現金というコンセプトに近いと思われる営業利益ではダメなのか、といわれれば、「減価償却費」の問題がある。これは、例えばクルマを200万円で買った場合、貯金の中から200万円は一時的に減るが、買ったクルマは、今年だけでなく、来年も、再来年も営業活動のために活躍してくれるから、200万円を5年で割って、1年分を40万円のコストとし、5年間、毎年40万円が(付加価値ベースの)計上される。つまり、純粋にその年に創出された現金を表すことにはならない。したがって、営業利益に減価償却費を足し戻した金額が、その年に創出された「生の現金」ということになる。

  これをEBITDA (Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortizationで、そのまま日本語に訳せば、金利を払う前、​税引き前、減価償却前、その他償却前の利益) とよび、いわゆる現金製造機が生み出す2000円を表すことになる。

 つまり、純粋に営業活動で生み出す現金ということだ。

  次に「EBITDA倍率」について説明したい。これは、現金の創出が何年続くかを表したものだ。

 最初は私自身も、「なぜ生まれる現金に掛け算が必要なのか」理解できなかったが、よく考えれば、その企業を放っておけば、赤字は限りなく続きやがて現金が回らなくなる。だが改善を行えば、企業はある一定の複数年(=倍率)、現金を積み上げることができるのだ。だから、このEBITDA倍率は、業種、業界によって違う。したがって、類似企業の倍率から平均値をとり、生み出される現金、つまりEBITDAに掛けるのである。

 ファイナンスの本を読むと、これを逆から解説し、企業価値をEBITDAで割ったものが倍率だというものがほとんどで、おそらく、現場の人間は、その「倍率」とは何なのかサッパリ分からない。ファイナンス系の人達は、事業のオペレーションにあまり興味ない方が多いか、あるいは、MBAホルダーなどが多いため、いわゆる頭の中の算式で「いくら儲かるか」という「乾いた計算」で企業を理解することに抵抗がないが、現場の人は、頭の中は「プロセス」しかないため、こうした「乾いた計算」はチンプンカンプンなのである。

  さて、私が本論で書いたものはデューディリジェンスの氷山の一角で、例えば、事業再生の買収でもフィックス(壊れたところを直すこと)が前提となったり、赤字でも、ロルアップ企業(買収後、他の企業と統合すること)とのシナジーを計算にいれたりと、極めて複雑な計算をしていて、本当にそんな簡単な話でいいのかと不安になると思うが、どのような複雑な計算も、その前提である事業計画と将来予想が変われば、積み木崩しの如く音を立てて全てが壊れて行くということなのだ。ここに書いた、いくら稼ぐのか、それはいつまで続くのか、加えていうなら、何をすればそうなるのか、ということこそデューディリジェンス視点の最も本質であるということをご理解頂ければ、本稿の目的は達成されたことになる。

プロフィール

河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)

ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)

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記事執筆者

河合 拓 / 株式会社FRI & Company ltd.. 代表

株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)。The longreachgroup(投資ファンド)のマネジメントアドバイザを経て、最近はスタートアップ企業のIPO支援、DX戦略などアパレル産業以外に業務は拡大。会社のヴィジョンは小さな総合病院

著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「生き残るアパレル死ぬアパレル」「知らなきゃいけないアパレルの話」。メディア出演:「クローズアップ現代」「ABEMA TV」「海外向け衛星放送Bizbuzz Japan」「テレビ広島」「NHKニュース」。経済産業省有識者会議に出席し産業政策を提言。デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言

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