日本、中国事業の異変と、積み上がる広告宣伝費… ユニクロ失速の秘密を分析する
潤沢な現金の使い道は「縫製リードタイム」の確保か
次に問題となるのが、22年8月期第1四半期末で1兆2000億円まで積み上がったキャッシュ(現金及び現金同等物)だ。
今までのファイナンスの理論は、借金ができる信用力もキャッシュフローを良化させる(フリーキャッシュフローを増加させる)というものだった。むしろ、デット(借入金)と、上場により得た巨額な現金を合わせ投資原資として、企業はモンスターに化けてゆくのが正常進化である。
借入と株主から調達した資金(それぞれデットファイナンスとエクイティファイナンス)のコストを加重平均したものをWACCというが、この投資原資をマックスまで使いWACC以上のリターンが得られれば、むしろどんどん借金しなさい、銀行はいつでも貸しますよ、というのが正しいファイナンス経営といわれてきた。
だから、現金を溜め込んだ企業は、「お前達は戦略がないのか」と言われ、過去多くのアパレル企業がアクティビストに攻められた一方で、安全資金として現金をプールしておきたい日本人は理解に苦しんだという時期があった(元TSIの東京スタイルと村上ファンドの戦いなどがその一例だ)
しかし、 10年に一度の割合で発生するパンデミック(リーマンショック、 フクシマ、震災、ウイルスなど)を考え、そして、将来の日本のカントリーリスク(東海大震災、株式市場の機能不全、人口減少による医療費負担による財政破綻)など、私たちは、さまざまなリスクと直面しながら次の未来を作ってゆく必要がある時代に突入した。そうした不確定な時代、世界化を行い現金を備蓄する同社の財務戦略は、素晴らしい見識だと思う。
「本来借金をしてでも投資に回せばもっといろんなことができるではないか」という疑問に対し、溢れんばかりの現金を持つ理由についてファーストリテイリングは、「これからは素材を備蓄しリードタイムを短くする」というものだった。
アパレル業界に詳しくない人のために解説すると、従来、商社流通を使っていたアパレルは、製品を編み立て縫製するまでに、素材の確保が重要となる。その素材がイタリアのものであれば縫製の3ヶ月前、独自開発する場合でも最短で2ヶ月前となる。この支払いと回収の収支ズレを商社が肩代わりし、完成品をアパレルに納入し債権を立ててきた(売上を立ててきた)。
これを、財務について素人のアパレルが安易に商社を外しをすると、シーズンインに入れば最も大事な素材が市中になく、大変なことになる。だから、あらかじめ商社がやっていた3ヶ月前の素材確保や精算ライン確保を自社でやる(やる能力や資金があること)が直貿ができる前提なのだ。ユニクロの「素材は備蓄し、リードタイムを早める」というのは、欧州で当たり前のMDで、私は幾度もそのメカニズム「生産リードタイム」と「縫製リードタイム」の違いと、サプライチェーンのボトルネックは素材にあることを繰り返しのべてきた。
ユニクロが、これからのパンデミックに備え、また、MDを「生産リードタイム」から「縫製リードタイム」へ替えるため、ある程度の余裕資金を持つというのは、これからの世界の変化を見れば私は極めて合理的だと思う。特に、素材備蓄によるMDの長期化に備えたものだとすると同社がいう消費者が「欲しい商品を、欲しい時に、欲しいだけ届ける」という、いわば、30年前のQR(クイックレスポンス)の精神を引き継いでくれることを信じたい。
最後に本論考は、ファーストリテイリング社のIR発表から、著者が類推したものであり、同社の戦略とはなんの関係もないことを断っておく。
プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/
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