2019年8月13日、パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(旧ドンキホーテホールディングス、以下PPIH)は2019年6月通期決算と同時に経営トップの交代を発表した。このことは意味することとは?今後のPPIHの戦略のゆくえと合わせて読み解いてみよう。
5年率いた大原氏に代わり、マッキンゼー出身の吉田氏がトップ就任へ
2019年8月13日の19年6月期通期決算の発表時、PPIHはトップの交代を発表した。
これまで代表取締役社長を務めてきた大原孝治氏は1993年に入社、2013年に株式会社ドン・キホーテ代表取締役就任、2014年に当社の代表取締役社長に就いている。創業者である安田隆夫氏の“長男”を自認し、生え抜きのトップとして5年間同社を牽引したことになる。
後任予定は吉田直樹氏。マッキンゼー出身で、2007年にDon Quijote (USA) Co., Ltdの社長に就任、その後当社の取締役になり、現在は代表取締役兼CAO(最高事務責任者)を務めている。営業畑ではないとのことである。
このトップ交代には、①タイミング、②後任の選択、の2つの点で筆者は正直驚いたが、少なくともタイミングについては単に筆者が鈍感だっただけの話であろう。今から思えば、2019年1月のユニーの子会社化、同年2月の社名変更は明白な伏線だった。
社長交代の契機は「ビジョン2020」の前倒し達成
伏線はあったにせよ、今回のトップ交代を決定付けたのは業績拡大が一つの区切りを迎えたからだと筆者は考える。ユニーの子会社化を遂げ、30期連続増収営業増益を達成し、売上高1兆円、店舗数500店、ROE15%を柱とする中期計画「ビジョン2020」を一年前倒しで達成したからだ。
ここで念のため業績を確認しておこう。2019年6月期の売上高は対前年度比+41%増の1兆3288億円、営業利益は同+22%増の631億円、親会社株主に帰属する当期純利益は同+32%増の482億円となった(ちなみに大原氏が社長に就任する直前の年度である2014年6月期は、売上高6124億円、営業利益342億円、当期純利益214億円)。売上高営業利益率は同▲0.8ポイント低下したものの4.7%という現在の総合スーパー(GMS)業界では競争力のある利益率を上げており、ROEは15.6%を達成している。当社株主の約65%が外国人株主だが、彼らも納得できる収益性であり、この結果株式時価総額も約1兆円という規模に到達した。
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次の本当の伏線は大原氏の動向
次期中期計画は2020年2月に発表
増収増益のドライバーはユニーとのシナジー創出
それでは次の経営計画はどうなるのか。吉田新体制のもとで案が固められ、2020年2月に公表されるとのことだが、その骨子は売上高2兆円、営業利益1000億円達成を目指すとされている。ビジョン2020の事業規模の2倍を目指すことになる。
新中期計画の詳細は半年待たねばならないが、その骨子はすでに開示されている。その鍵はユニーの統合成果の最大化にある。
ユニーが通期連結になる2020年6月期会社予想(売上高1兆6500億円、営業利益660億円)と新中期計画とを比較してみると、売上高で3500億円の上乗せ、営業利益で340億円の上乗せが必要になる。ここで、ユニーとUDリテールの事業計画を紐解くと、ユニー店舗176店(アピタ87店、ピアゴ89店)のうち100店を2022年までに業態転換し、営業利益を200億円上積みする算段である。ちなみにこれまで業態転換した16店では、従来の食品中心の売上構成にドン・キホーテが従来から得意とする非食品(衣料、日用雑貨、家電、スポーツ・レジャーなど)のカテゴリーが上乗せされ、転換前と比べて直営部門の売上高が1.7倍から2.2倍程度増えていると報告されている。正確な数値は開示されていないが、これで増収増益の最大部分は説明できると筆者は試算するがいかがであろうか。
1000億円の営業利益を達成するには、旧ドン・キホーテ側の既存店底上げ、出店、MDの進化・深化、当社独自のデジタル体験創出などが不可欠であることは言うまでもないが、それは当然のこと。やはりユニーとの統合効果の発現が最重要になると思われる。新中期計画は大型M&A(合併・買収)まずありきの数値だとは筆者には見えない。既に業態転換した店舗で予習済みの内容を100店規模で展開することが最大のミッションであれば、営業畑ではないトップ就任も不自然ではないと考えられる。
次の本当の伏線は大原氏の動向
実は筆者は上記の新中期計画の肉付け以上に、社長退任予定の大原氏の今後に注目している。同氏は今後、創業会長特任顧問兼特別理事 PPRM(USA)代表取締役社長という新しい役職を担うことになる。PPRM(USA)は、Pan Pacific Retail Mangement (USA) Co.の略称だ。
大原氏は今回の決算発表の席上で「最重要任務である米国市場の本格開拓」を掲げた。好景気ながらアマゾンの台頭やショッピングモールの衰退で居抜き案件が増えており、かつTokyo Centralというグローサラント業態(日本食のグローサリーとイートインを独特のエンターテイメント感と共に提供する業態と筆者は解釈している)に手応えを感じているのであろう。当社の別の資料によればまずは米国内100店舗の構想を持っているようである。
居抜き物件に勝てるフォーマットで積極出店するというのは、当社のお家芸だと筆者は考えている。当社は、個店主義・権限移譲・独自MD・成果主義といったチェーンストア理論とは一線を画す事業モデルを長崎屋買収後に同店舗に適用しGMS業界を勝ち残った。この経緯と今回の米国シフトは筆者には二重写しに見えてならない。あとは米国で勝ち残るユニークな業態をしっかり確立できるのか。半年後の新中期計画発表で、もう少しヒントが示されることを希望したい。
英語版「源流」完成から伺える本気度
なお、今回の決算発表では当社の経営バイブルである「源流」の英語版が完成したことも報じられた。海外展開、とりわけ米国展開への本気度をうかがわせる内容である。
大原氏は表舞台から引くと表明したが、いずれ米国事業に道筋をつけて今一度表舞台に再登場する日がいつかくると考える。その時は創業者である安田氏も東南アジア展開の青写真を掲げて再登場するのではないか。筆者はそんな日が訪れることを楽しみに待ちたい
プロフィール
椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、