皆さんは、「ユニクロの『カシミヤセーター』、ジンズの『メガネ』、そして『使い捨てコンタクトレンズ』の3つに共通することは?」と聞かれて何のことだかピンとくるだろうか。
今回は売れない時代、モノが飽和する時代に、爆発的なヒットを生み出す方法について、この3つの例をお出しして解説したい。
道に落としたコンタクトレンズを探す人が激減した理由
今の若い人には信じられないだろうか、30年ほど前まで「コンタクトレンズ」は、数年に1度の割合で買い換えるものだった(今でもそうしたタイプをご利用の人もいるがその割合はわずかだ)。
「煮沸」といって、コンタクトレンズをクスリに浸して電気で熱を通す。ぐつぐつ煮えるとコンタクトレンズについた「細菌」が死滅し、翌朝は綺麗なレンズを目に入れることができる、というわけなのだ。
しかし、このレンズにはいくつかの欠点があった。一つは、2年もするとレンズが汚れて黄色くなってくること。また、一つのレンズが1万円から2万円もするので、例えばレンズを落としてしまった人は必死で床を観ながらレンズを探す光景が駅のホームなどでよくみられた。
そんなとき、「使い捨てコンタクトレンズ」が世の中に誕生したとき、にわかに信じられなかった。今まで、数万円もしたレンズが数百円で買える!?
「煮沸」をしなくてもよいし、万一レンズを落としても数百円の出費である。「使い捨てレンズ」は、コンタクトレンズの概念を一気に替えてしまい、近視の人達のライフスタイルを変えてしまったのである。日本で認可が下りたのは90年代初頭のことで、そこから急速に普及した。
ユニクロのカシミヤセーターが爆発的に売れる秘密
カシミヤセーターは、毎年売れるユニクロの大定番である。セール前のカシミヤ100%のセーターは1万円以下。もちろん、カシミヤにもいろいろなグレードがあって、しかるべきブランド、例えば、私がもっているユナイテッドアローズのホワイトカシミヤと比較したらぬめり感(セーターの膨らみに指を押し込むと柔らかい赤ちゃんの肌に指を押すような柔らかさを感じるカシミヤ用語)などの風合いの違いは確かにあるものの、ラムセーターと比べれば、そもそもモノが違うのだから風合いの違いは、明らかにユニクロカシミヤに軍配が上がる。
ここで、ウールのセーターに詳しくない方のために、ウールのグレードについて解説をしよう。基本的に「毛」というのは、柔らかくて軽いものが高くて高級である。つまり、細ければ細いほどよいわけだ。
これを通常マイクロンで表すのだが、25マイクロン以上が、首回りがチクチクするイギリスのシェトランドウールである。次に、23-24がラムウール。シェトランドウールと比べると圧倒的に柔らかくてふんわりしている。ここまでが、「紡毛」(ぼうもう)とよばれる、ローゲージニット(編み目がざっくりしたニット)であり、これより細くなると「梳毛」といって、読んで字の如く櫛(くし)で、ウールを梳く(方向を揃える)ことで糸を細くする。21マイクロンがファインメリノと呼ばれるハイゲージニットであり、19マイクロンがエクストラファインメリノ、いわゆる、イタリアンウールと呼ばれる欧州製の最高級の糸になる。この規格になると、単に19マイクロンの「毛」を櫛で梳くだけでなく、「毛」についている鱗(動物の毛には鱗(うろこ)がある)を薬剤で溶かし、軽くシリコンでコーティングするなどして防縮(鱗をとることでセーターが縮まないようにする加工)をする。
そして、「糸の宝石」とよばれるカシミヤは16マイクロンだ。この16マイクロンという細さは、アクリルという合繊繊維でも実現できるのだが、できあがったセーターを触ってみると人工・合成感が半端なく、とてもカシミヤと比較できたものではない。このカシミヤには、紡毛糸と梳毛糸がある。綺麗な薄いセーターが欲しい場合は梳毛糸、冬の寒い日にざっくりとしたセーターが欲しいときは紡毛糸を使うわけだ。
長々と毛の話をしたのには理由がある。ここで話をユニクロのカシミヤセーターに戻す。
ユニクロのカシミヤセーターは高級と比べれば、ややゴロゴロ感があるとはいえ、やはり、ラムやファインメリノウールとはわけが違う。ユニクロが「1万円カシミヤ」を世に出す前は、カシミヤのセーターは一生ものといわれ、一着5万円から10万円したものだった。大事な日だけに着ていって、夜は軽く陰干しして毛玉をとってタンスにしまっておく。こういう服がカシミヤだったのである。
そして、ユニクロとその他のアパレルの間で、追いつくことなど不可能なほどの差がついた原因は、その他アパレルがユニクロの勝因を「大量生産で中国とダイレクトに取引を行って安く売っているからだ」という総括をしているからである。
このカシミヤをみて、冒頭の「コンタクトレンズ」を思い出した人は勘が良い。
ユニクロは、カシミヤを「使い捨てコンタクト」と同様に日常化したのである。
だから、ユニクロでカシミヤを買っている人は、単に安いセーターでもっとも風合いがよいものを選んでいるわけだが、すくなくとも、昔はこういう買い方をしていなかった。つまり、ユニクロは世界でもっとも風合いがよいカシミヤウールを通常のセーターと同じ使い方にし、お茶の間に持ち込んだのである。そして、1枚だけ大事に持つのではなく、その日の気分やコーディネートに合わせて何枚もカシミヤセーターを保有することが当たり前になったのだ。
だから、むかしのカシミヤの使い方を知っている人は、ユニクロのカシミヤをみて、あたかも、私が「使い捨てコンタクトレンズ」をみて驚いたのと同じ衝撃を受けたはずだ。
これが、新しいライフスタイルの提案なのだ。
全員が誤解している「ライフスタイルの提案」とは
さて、「ユニクロ」「使い捨てコンタクト」「激安メガネ」を一括りにして「ディスカウンター」とよび、また、その秘訣は「SPA (製造小売業)」と短絡的に結論づけているメディア、金融機関の人が多いのには驚く。そして経営学の教科書においてもだ。
実は、「安売り」も「SPA」も、彼らが競争に勝っている条件ではない。彼らは、消費者に新しいライフスタイルを提案しているから勝っているのだ。
逆に言えば、「ライフスタイル」、「ものからコト」など、かけ声は威勢が良いが、単にテナントミックスしているだけの小売、奇をてらったMDミックスをしているだけの製造業などは、なんのライフスタイルの提案もしていない。
それでは、私がメガネのジンズホールディングスの社長、田中仁さんと話したときの貴重なやりとりを公開したい。
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ジンズのメガネを何本も買ってしまう理由
田中社長は、常々メガネのバリューチェーンの中で最もコストがかかっているのは、レンズの加工にあることに目をつけていた。ジンズのメガネが誕生する前、メガネといえばレンズとフレームを併せれば4万円から5万円ぐらいまでコストがかかるのが普通だった。だから、目の悪い人はメガネを買ったら一生ものとはいわないまでも、視力に変化があるまで後生大事に使うのが普通だった。
田中社長は、他のメガネチェーンが、沢山のレンズから選べるようにしているやり方をやめて、レンズメーカーを絞り込んだ。大量にレンズを一社から調達することで規模の経済がきいて、レンズの価格を下げることに成功した。
また、フレームの形状も工夫することで、レンズのさらなる低価格化を実現した。これまでフレームにはたくさんの形状があったため、それにレンズを合わせるために余分な加工技術とコストがかかっていた。それをいくつかのパターンに標準化することで、いくつかのレンズといくつかのフレームが合うようにした。そうして最もコストがかかるレンズの加工とレンズの単価を下げることで、メガネの価格を安くしたのである。
田中社長の戦略はここでとまらない。
「なぜ、メガネは一人一つしか持てないのだろうか?」
このシンプルな問いかけは業界で、何年も放置されていた。まさに、思考停止がイノベーションを阻害してきたのである。
メガネを掛け替えるオケージョンは無限にある!
最近は、レーシック手術など医学の進歩でメガネをかけない人が増えてきた。しかし、私はメガネはファッションの一部だと思っていて、なんと数えてみたら20本も持っていた。
ファッション用途だけでなく、老眼が進んでいるため、コンタクトレンズをしていても、近くやスマホの文字が見えない。本も読めないとなると、近視用のコンタクトに遠視用のメガネが必要になってしまう。また、馬鹿馬鹿しいと思われる方もいるかもしれないが、仕事をするときメガネをかけると、なんとなくスタバでMacを開いて得意顔になっているのと同じようなスタイルが感じられておもしろい。
また、自分のスタイルを変えるよう、ビジネス用の無色透明なメガネ、カジュアル用の色つきメガネなど、さらに、クルマの運転用にはかなり濃いサングラスに度をいれて使っている。このように、ユニクロのカシミヤセーターを複数色買い足すかごとく、昔高価だったメガネを、コーディネートに合わせて複数本買うことができるのだ。
田中社長は、(あくまでも当時ではあるが)人がメガネをかけるオケーションは考えればいくらでもある、と語っていた。
ジンズの逆転戦略はメタバースを大衆化し
使える技術に昇華することだ
どのような新しい技術でも、キャズムとよばれる大衆化に至るまでに陥る「溝」があり、多くの企業は、このキャズムに落ちて死んでゆく(つまり、一般化しないまま消えていく)。
今、「もっとも残念な技術」と呼ばれるメタバースで、この領域に投資をすることを表明した企業は等しく株価が下落している。ちなみに、Appleのゴーグル、Apple Vision Proが使う技術はメタバースでなく、AR、VRの技術である。
メタバースはロールプレイングゲームなどへの親和性は高いが、映画「マトリクス」の世界で行われているように、現実の我々とは別の仮想世界が現れるなどということは絶対にない。現実とバーチャルをわけるものは、現実の世界ではお腹がすくし、冬になれば寒くなる。こうした生活必需品のやりとりがバーチャル空間ではできないのだ。
だから、ドラゴンクエストしかり、死んでも教会にいけば生き返るし、痛みもなければうつ病にもならない。
メタバースリテイリングであるとすれば、今後、過疎化が進む遠隔地にお住まいの人でも購入ができるような空間への出店ぐらいだろう。
しかし、これとて、やまのように存在するプラットフォームの主導権争いにより、一体何種類のゴーグルがいるのかわからない。
私は、メタのオキュラスクエストを買ったのだが、すべて外国のコンテンツばかりで、それはそれで楽しいのだが、例えば渋谷の街を闊歩したり、セレクトショップでお買い物をしたりなどできない。対応しているソフトがないのだ。一つおもしろいと思ったのは、オフィスで、これなら世界中の人とバーチャルオフィスで話し合いができる。しかし、そこに登場するのは自身のアバターで、服など買って似合うか似合わないかもわからない。その点、Appleがさすがと思ったのは、いきなりメタバースにぶっ飛ぶのでなく、まずは、リアルの物体とバーチャルな物体の融合からはじめているようだ。これなら、試着もできる。
このメタバースが広がらない最大の理由は、試してみれば納得すると思うが、30分もかけていると重く首が痛くなる上「VR酔い」をするゴーグルにある。
このように考えてみると、メガネのジンズが次に出す最大のキラーアイテムは、通常のメガネと変わらない超薄型の「メタバースゴーグル」なのではないだろうか(ちなみにジンズは、度付きメガネ利用者でも快適にメタバースに没入できる視力矯正レンズのアタッチメントは販売済みである)。
本日は、「使い捨てコンタクト」と「ユニクロのカシミヤ」、そして「用途別メガネ」がすべての消費者のライフスタイルを変えたというところに、売れない時代に売れる商品を作るための秘訣をお話しした。なお、田中社長とのお話は7年前のことであり、一部不正確な記述があればご了承いただきたい。指摘いただければすぐに修正したい。
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プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/