2018年夏、私は千駄ヶ谷のCANADA GOOSE(カナダグース)直営店の長蛇の列に並んでいた。娘に頼まれ、真夏の炎天下に冬のダウンコートを買うためだ。当時、同ブランドを展開するサザビーリーグ社の真夏の売上の大部分をダウンコートが占めたという。また、こうした異常現象を日経新聞も報じ「アパレル不況は幻 (まぼろし)だ」と言い切ったほどだった。今でも、いわゆる10万円〜20万円もする「プレミアムダウン・ブランド」、CANADA GOOSE、MONCLER(モンクレール)、HERNO(ヘルノ)、DUVETICA(デュベティカ)などのプレミアムダウン・ブランドは街で目に付くアイテムである。
変わりゆくブランド戦略
2021年、本格的な冬を控え、日本のアパレル企業は勝負のシーズンに突入する。重衣料と呼ばれるコート、ダウンなどの販売である。新型コロナウイルスが猛威を振るう前は、日本のアパレル企業の利益率は、SS(春夏)とよばれる軽衣料、いわゆるTシャツや半袖シャツは薄く、また、ほとんどがユニクロに市場を奪われている。しかし、なぜか、ゴルフなどのスポーツ衣料やFW (秋冬)の重衣料だけは高価格帯ブランドが強い。
一昔前なら「ユニばれ」などといって、ファーストリテイリングの展開するブランドを着用し、街で同じ服を着ている人に出会うことが恥ずかしいと感じる人が多かった。だが、時代は大きく変わった。
同社の基幹ブランド、ユニクロのプレゼンスは世界レベルとなり、「ユニクロ ”で” 良い」から「ユニクロ “が” 良い」へと変化。今では、ウエブ上に流れるファッション・コーデ(ファッションの着こなし、コーディネーションの略)は、その多くがユニクロかg.u.のものとなった。
消費者は、単に価格が高いブランドよりも、コスパがよいブランドを長く着るという「知的購買」に変化していったのである。そうしたなか、冬の重衣料、ダウンコートやウールコート、トレンチコートなどだけは、モンクレール、ユナイテッドアローズ、BURBERRY(バーバリー)などのロゴやアイコンが街で目に付く(売れているかどうかは分からないが)のである。
もちろんユニクロもウルトラライトダウンなどは売れているし、とてもコスパがよい商品 (例えば、レディースジャケットなどは定価で6000円程度) だ。普段着用に私もいくつか持っているのだが、その満足度も120%だ。
それでも、重衣料で「プレミアム・ブランド」の存在感は圧倒的に高いのである。
この不思議な現象はなぜ起こるのか?
私自身、例えば六本木に食事にいくとなると、一張羅のモンクレールを着てゆくと思うし、ビジネスであればバーバリーなどのトレンチコートを着ていくと思う。そして、この「消費者の傾向」こそが、日本のアパレル企業をして、世界のグローバルSPAなど低価格ラインを打ち出すブランドに競争勝ちするセグメントを示しているのである。
いくら、SS(春夏)の軽衣料で競争負けしても、大丈夫。日本のアパレル企業の収益の大部分はFWから得られる。これが後半戦の勝ちパターンだったわけだが、仮に、重衣料が動かなければ日本のアパレル企業は痛手を負ってしまうリスクも孕んでいる。
例えば、コロナウイルスで隠れてしまったが、昨今の「暖冬」や都内や都市部のオフィス環境発達は、消費者にとって重衣料の必要性を低くし、結果、アパレル企業の販売を減らし、痛手となっていることになる。
天下のスーパーブランド、LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン)も面白いブランド戦略をとっているので解説しよう。
「ルイ・ヴィトンとユニクロは同じだった」というと、「何をいっているのか」という人もいると思うが、ちょっと一昔前にタイムスリップしてもらいたい。あれだけ高価なブランドの小物類(財布など)を女子高生が普通に持っていたし、私の母など、おおよそファッションには疎い女性も1~2個アイテムを持っていた。あれだけ高価な小物なのに、まるでユニクロのように、所得や社会的地位などに関係なく女性の多くが持っていたのである。
本来、あのようなプレミアム・ブランドは、極めて狭いセグメントに対し販売するものだが、日本(やアジア)でのルイ・ヴィトンのマーケティングは非常に上手だと感じた時があった。
それは、「プレミアム感」を大事にしながら消費者のお財布事情に関係なく、「一生モノ」「自分へのご褒美」など、「一般庶民対象」と「プレミアム感」を共存させるというブランディングである。
これは、冬の街をあるけば、道行く人の肩や胸についた「MONCLER」や「CANADA GOOSE」などのロゴが目に入る現象と同じだ。これらのプレミアム・ブランドは、ある瞬間、ユニクロのような国民服に変化してしまったのである。
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今、ファーストリテイリングは勝負の時
私が、この分析を過去形で書いたのには理由がある。こうした状況は変わってしまったからである。その背景には、昨今のSDGsによる「無駄な買い物を控える空気」と、社会問題や経済対策による「消費者の所得低下」がある。
日本の経済停滞は年々酷くなっているように思う。今、ワーキングプア(生活保護を受ける人と同じ年収)と呼ばれる年収200万円未満の人は、働く女性の40%を占めており、その女性がアパレルの主たる消費者なのだ(※女性の中にはパートなどをあえて選ぶ層もいるためこの数字がそのまま日本の貧困を表しているとは限らない)。
こうした社会背景から、「プレミアム感への憧れ」と「買えないお財布事情」が共存するなか、そのいずれをも満たすのが+Jである。+J最終章である今シーズンのなかでも最後の販売となる「12月上旬」販売予定のダウンコートに私は壮大な意味を見いだすのである。
グローバルSPAが唯一日本のアパレル企業に負け、そして、大きな衣料品のマーケットを占める重衣料。ここを攻略してこそ、同社の「ライフウエア」の戦略が完成するといったら言いすぎか。同社の、有名ブランドとのコラボ商品が増えてきたのは、そのような意味(品質はユニクロ品質で、プレミアムブランド感もある) があるように思う。そして、このセグメントこそ、ユニクロが欲しい最後の「プレミアム」セグメントだと私は思うのだ。
実際、+Jのジルサンダー氏は、同社との契約にこのような発言をしている。
「ユニクロからの話には驚きましたが、=中略= プレタポルテが高くなりすぎたせいもありますが、ベーシックで体にフィットするTシャツやジャケット、コートを作りたい。値段は今までの服の100分の1くらいだけれど、最新の技術があればできる。この仕事は私から人々への贈り物なのです。」(https://ja.wikipedia.org/wiki/ジル・サンダー)
なんとも魅力的な言葉ではないか。10万円も払っていた「プレミアムダウン」が、ユニバレせず、デザイナー本人のお墨付きがもらえるわけだ。
残念な日本の未来とファッション市場
一方で株式市場を見れば、投資家がいまの日本の経済政策に期待を寄せているようには見えないし、頼みの米国株も新たに見つかった南アフリカ発のウイルス変異株からの警戒か、乱高下を続けている。
国のGDPを上げる経済対策をなおざりにしたまま賃金コストがあ
衣料品市場は「社会の鏡」であることは幾度も述べてきた。今年の冬、ファーストリテイリングは、「プレミアムブランド」に真っ向から勝負を挑むことになるのではないか。少なくとも4年前に私がやった、真夏にダウンを買うような「バブリー消費」はもはや戻ってこない。日本の人口も2050年には1億人を切るとの試算もある。そのように考えると、いよいよファーストリテイリングの「ユニクロ プラス ブランド」の、「プチ・プレミアム」とも言える重衣料を、消費者が選ぶ時代に突入したのではないか。
答えは、この冬、新型コロナウイルスを表面的にも押さえている時期ハッキリする。
*なお、当方の「アパレル企業」という表記には、B2B型アパレル、リテーラー型専門店を含み厳密な定義をしていないことにご留意いただきたい。これは、読者の理解を妨げるとの判断からである。読者は本質論に目を向けていただきたい。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)