答えが存在する問題を解くだけでは

2013/01/15 00:00
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 私たちが学校時代に出された設問は、「1+4=○」というものがほとんどだった。

 算数に限ったことではない。

 ある確実な答えありきの設問は、どの学科の試験でも同じだった。

 

 そして、20年弱を費やし、そうした試験が繰り返され、偏差値が算出され、学校が決まり、学歴が決まり、社会に振り分けられていく。

 

 日本の教育システムをそんな目で見てみると、現代日本の秀才とは、確固たる答えが存在する問題を解くことのできる能力を有する人たちと言っていいかもしれない。

 

 象徴的存在は、松下政経塾のOB・OGだろう。

 受験戦争に勝ち残った秀才中の秀才たちが、この塾の門戸を叩いた。

 以前、このBLOGで衆参34人(当時)の議員を輩出している松下政経塾が平成の松下村塾になれるかどうか動向を見守りたい、と書いたことがあるくらいだ。

http://diamond-rm.net/articles/-/4015

 

 ところが松下政経塾出身で民主党政権の中枢を担った人達の体たらくは、ここには記したくないほどの情けなさだった。

 きっと、実社会は、確固たる答えがない大問題や問題自体が顕在化していないことがほとんどだからだろう。

 

 だからといって、欧米的に「○+○=5」を埋めるような質問がベストというわけではないだろうし、日本の教育にはその良さもあるはずだ。

 

 ただ、ひとつ言えるのは、答えの存在する問いを解くことが得意なだけでは、実社会では通用しないということだ。
 

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