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第6回

2012年4月26日

危機が起きたとき、鍵を握るのは“ガソリン”だ

吉田 芳弘

ウジエスーパー取締役
吉田芳弘 よしだ・よしひろ
大学卒業後リクルート入社、平成16年からウジエスーパー勤務。 現在、総務・人事・広報の他に、障害者特例子会社を経営している。 東北経済産業局農商工連携伝道師など、公職多数。

ガソリンが切れるのと、電気復旧のせめぎ合い

 

 震災から数日が過ぎると、ようやく生活インフラの復旧が始まった。

 

 2011年3月15日(火) になると、Uマート北町店、明石南店など一部の店舗で通電。レジが動くようになり、店内の電気がついた。

 

 そうして、お客さまを店内にお招きして、ようやく通常営業に近い形で店が再開できた。

 

 このとき、まだ物流は回復していない。売れるものは少なかったが、生肉の営業を再開できたのは大きかった。

 

 東京からなんとか舞い戻った3月13日(日)の夜、店舗を初めとする拠点の状況確認を進めていく中で、物流拠点の精肉センターに、生肉が無傷のまま保管してあったことがわかった。

 

 しかし、電気がとまっているので冷気が徐々に逃げている。このままではすべて廃棄処分してしまうしかない。

 

 いますぐ売ことはできないが、店舗の営業が本格的に再開した暁には、この肉が極めて貴重なものになるに違いない。私は即座に指示を出した。

 

 「すぐ冷蔵車をまわせ!」

 

 当社は、自社で物流を行っているので、冷蔵車を50台持っている。その冷蔵車の荷台にありったけの肉を詰め込み、24時間エンジンをかけっぱなしにして冷凍保管したのである。

 

 24時間エンジンをまわすと、ガソリン代は相当になるが、生肉を廃棄処分することを思えばましだった。

 

 それでも、通電する前にガソリンが切れてしまえば、肉だけでなくガソリン代も棒にふることになる。

 

 ガソリンが切れるのが早いか、電気が復旧するのが先か、かけだった。

 

 運よく、15日にUマート北町店と明石南店の地域で電気が復旧。生肉を積んだままの冷蔵車を2店に振り向け、スライサーを動かして生肉のパックをつくり、そのとき営業していた全店に配って販売することができた。

 

 この時点で、被災地で生肉を売っていたのは、おそらく当社だけだっただろう。

 

 地域の人はもちろん、同業者にも「なぜ、生肉があるの?」と、びっくりされた。

 

 この時点で、電気がとまってから4日が過ぎていた。

 

 いかに3月の寒い時期とはいえ、生肉はせいぜいもって2日である。

 

 在庫してあった分は、すでに売り物にならない。生肉などあるはずがないと誰もが思っていたのだ。

 

 そんなときに、「ウジエにいけば、生肉がある」という噂はたちまち被災地に駆け巡った。

 

 そのインパクトは極めて大きかった。

 

 なぜ、これができたのか。

 

 鍵になったのはガソリンだ。

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