作業服チェーンの「WORKMAN(ワークマン)」やアウトドア・アスレジャーなどの機能性ウエアをも取り扱う「WORKMAN Plus(ワークマンプラス)」などを展開するワークマン(群馬県/小濱英之社長)。これまでエクセルを用いたデータ経営を推進してきたが、2021年から「AI Ready企業」を標ぼうし、プログラミング言語「Python(パイソン)」の活用により、データ分析をより高度化しようとしている。データドリブン企業として成功を収めている同社の現在地について専務取締役の土屋哲雄氏に話を聞いた。
「AI Ready企業」を掲げ社員のPython習得を推進
──土屋専務はワークマン入社後、表計算ソフト「Excel」を用いて各従業員が販売や店舗運営に関するデータ分析・活用を行う「エクセル経営」を推進してきました。まずはその背景と意図について聞かせてください。
土屋 上意下達の組織風土を変え、社員がデータのもとでフラットにコミュニケーションできる企業にしたいと思ったからです。自分の意見を伝える際も、数字やデータを根拠に話せば、経験や勘といった主観にも負けません。また、現場の社員自らが手を動かして分析・検証を行うことで、データが導き出される過程と要因をきちんと把握できるようになり、社員の思考力の成長につながるとも考えました。
そのため、2012年からExcelを活用したデータ活用研修を実施してきました。現在では多くの社員がデータベース(DB)からデータをExcelに取り込み、関数を使って自分の仕事を自分で分析し、業務効率や販売実績の向上などに役立てています。
──最近ではエクセルに加え、プログラミング言語の「Python(パイソン)」を活用したデータ分析を行っています。その経緯について教えてください。
土屋 女性向けの新フォーマット「#ワークマン女子」のフォーマットを確立させるために推進を始めました。
従来主力業態であった「WORKMAN(ワークマン)」は、約40年にわたって、作業服という競争の少ないニッチな市場で優位性を築いてきました。18年以降は機能性ウエアも取り扱う「WORKMAN Plus(ワークマンプラス)」を積極的に出店し、その店舗数は23年9月末時点で518店舗になりました。ただ、「WORKMAN」「WORKMAN Plus」ともに、国内ではほぼ出店しつくし、飽和状態を迎えつつあります。
そうしたなかで20年から出店を開始したのが「#ワークマン女子」です。従来商品の機能性の高さはそのままに、女性向けのデザインを施した新商品を次々と投入したことが奏功し、23年11月末時点で44店舗を展開し、全店で大幅な黒字化を達成しています。集客力の高さゆえ、食品スーパーなどから多くの出店要請を受けており、24年度からは出店攻勢をかける計画です。そのために、高速出店が可能、かつ収益性の高いフォーマットを確立することが、われわれにとって喫緊の課題になっています。
しかし、「#ワークマン女子」は「WORKMAN」や「WORKMAN Plus」とは顧客属性が大きく異なり、われわれにとってはまったく知見のない業態ともいえます。ノウハウのないなか、顧客ロイヤルティを高めるためにはデータ分析をこれまでより高度化する必要がありました。たとえば、レディースカテゴリのデータ分析を行うためには、作業服とは違って激しく移り変わるトレンドや、競合商品の価格など収集・分析すべきデータが膨大にあり、エクセルで集計できる範疇を超えています。
そこで着目したのが小売業界でも徐々に進んでいるAIの活用です。21年に「AIReady企業」と掲げ、AI開発に使用されるプログラミング言語のPythonを習得するための新たなデータ分析資格制度を策定し、その研修プログラムを開始しました。
──ワークマンにとっての「AI Ready」とはどのような定義でしょうか。
土屋 「エクセル経営」より一歩進み、今後も次々と登場するであろう優れたAI技術を社員がうまく活用できるような状態としておくことを「AI Ready」と表現しています。ただし、社員に技術者になってもらいたいのではなく、優れたAI技術の“上澄み”を取り込めるようになってほしいのです。
──Pythonの導入効果について現時点でどのように評価していますか。
土屋 Excelの制限を超える膨大なDBを作成できる「Pandas(パンダス)」や予測のためのアルゴリズム「Scikit-Learn(サイキット・ラーン)」などの活用、PythonでWebから特定の情報を収集できる仕組みを整え、競合のECサイトから商品価格のデータを自動で取得できるようにするなどして、これまで時間がかかっていたタスクの自動化において十分な成果が出ています。
社内で年1回開催されている「データ分析発表会」では、ピッキング作業の予測やパートの人員配置において、CSVファイルをExcelに取り込んで処理するまでに1日かかっていたところを、Pythonでの自動化によって1時間まで大幅に短縮された事例などが発表されました。現在では、外部のコンサルティング会社に協力いただきながらコードをチューニングした結果、処理時間は15分になっています。
現在は、販売総数の少ないロングテール商品の発注を最適化できるかの検証を行っているところです。検証では、最適化に当たってのデータの処理方法や手順をPythonでプログラミングし、他社製の需要予測システムにインポートするかたちをとっています。これまでの検証では有望な結果が出ています。
期限を設けないことがモチベーション維持のカギ
──独自のデータ分析資格制度について詳しく教えてください。
土屋 「データアナリスト(DA)」「データサイエンティスト(DS)」「データ分析エンジニア(DE)」の3つの資格を定め、有志の社員がその取得に取り組んでいます。
DAは新入社員や1~2年目のSV(スーパーバイザー)を主な対象として「販売士2級」の取得を条件に受講でき、社内試験に合格すると認定されます。DA認定者で「統計検定3級」を取得しており、なおかつデータ分析チームに参加している社員が参加できるのがDSです。DAと同様に、社内研修を受けて社内試験に合格すると認定される仕組みです。
DEはDS認定者が外部の短期集中研修と社内の研修で機械学習やPythonのコーディングを学び、「Python3エンジニア認定データ分析試験」に合格すると認定されます。
これまでに全社員の3分の1にあたる約130人が研修を受け、8人がDEに認定されました。「#ワークマン女子」の拡大に伴って、その業務で必要となるデータ分析のスキルを習得しようと、DE取得のための社内研修の受講希望者が一気に増えています。
──それほどまでに、データ分析に取り組むにあたっての社員のモチベーションが高いのはなぜですか。
土屋 Excelに関してもそうですが、ワークマンにおいてはデータ分析業務が「やらされ仕事」ではなく、自身の仕事の効率や成績を向上させるための重要なプロセスやツールになっている、つまりデータ分析が「自分ごと化」されているからだと思います。
また、データ分析やシステム開発を進めるにあたり、会社から期限を設けないことも大きな要因です。期限を設定するとそれが目的化し、質の低下につながりかねません。当社ではExcelを活用し始めた12年前からできるだけ期限を設けないようにしていますが、結果として完成までのスピードは上がっています。
──「AI Ready」を標ぼうするうえで、データ分析・活用を担う人材の比率など、定性的な目標はありますか。
土屋 前述のとおり、高度な専門知識を有する技術者を増やそうというわけではありません。ソースコードを書かずにシステム開発をするノーコード開発および、ソースコードの記述量を最小限にとどめてシステム開発をするローコード開発ができる人材の割合を全社員の5%とすることを目標に掲げています。人材がこれくらいの規模に増えて各部署に分散すれば、製品開発やロジスティクスなどそれぞれの業務に必要な情報系システムを部内で内製化できます。
成功した現場の取り組みを「戦略」として追認
──「ChatGPT」をはじめとする生成AIの活用についてはどのように考えていますか。
土屋 23年後半から社員が個々の判断で活用し始めています。とくにクリエイティブの領域では利用が進んでいて、新ブランド「ワークマンキッズ」のロゴや展示会のキャッチコピーの作成、メールマガジンの開封率を高めるためのキャッチコピーの改善などに生成AIを活用しています。また、プログラムコードの生成や修正にも活用領域が広がっています。
──ワークマンとして今後どのようにデジタル戦略を展開していくのでしょうか。
土屋 飛躍的な変革をめざすのではなく、デジタル活用による現場の小さな改善の積み重ねをしていきます。それがワークマンのめざす、『100年の競争優位』を実現するための重要なファクターとなるでしょう。
データ経営を推進するにあたっては、上から旗を降るよりも、まずは各々の社員に任せ、小さくてもいいので成功事例を現場でつくっていき、会社はそれを戦略として追認すればいいと考えています。