総合スポーツ用品メーカー大手のミズノは5月26日、寝具ブランド「MIZUNO SLEEP(ミズノスリープ)」を立ち上げ、「睡眠市場」への本格参入を発表した。一見すると本業とは関係なさそうだが、ミズノの勝算はどこにあるのだろうか?またこのようなブランド拡張やアパレル業界においても有効な戦略なのだろうか。効率的に成功させる手法についても考察したい。
消費者が寝具に求めるものとは何か?
ミズノはミズノスリープを立ち上げ、マットレスや敷きパッドなどを受注販売する。フィジカルサポートマットレス「ReFull」はシングルで8万8000円と高機能・高価格帯のブランドに位置付ける。スポーツ用品開発で培った技術やノウハウを睡眠領域に展開し、高機能マットレスで先行する「エアウィーヴ」や「西川」などの寝具専用メーカーと差別化を図る考えで、産経新聞によれば「令和7年(2025年)に寝具分野で売上高10億円を目指す」という。
このようにミズノの新事業は、最近流行の高機能マットレスが主力製品になると思われる。先行企業は、西川の「エアー」は大谷翔平選手を、「エアウィーヴ」はプロフィギュアスケーターの浅田真央さんをイメージキャラクターに起用し、いずれもスポーツ選手の睡眠をサポートするハイパフォーマンスのマットレスというイメージを訴求させている。
このように、昨今は「ライフスタイル」の名の下に、特に研究開発部門 (R&D) が強いメーカーが、人間工学に基づいた機能性を活かし、異なる業界・領域に参入するケースが目立っている。
寝具ではないが、似たケースにワコールのCW-Xというスポーツ機能ブランドがある。同社は人間の体の経年変化のデータを長期にわたり保有する世界で唯一の企業で、こうしたデータがあれば、人間の体の複雑な曲線や動きに至るまで十分に把握することが可能だ。それゆえ市場の大きな一角を狙えるピースを持っているように見えるのだが、このCW-Xも同社の直近のデータブックによれば、売上構成比は6%未満のようだ。
このミズノの睡眠市場の売上高も今後2年で10億円をねらうといい、比較的コンサバティブだ。そのように考えると、事業ポートフォリオの中核をなすまで成長したケースはそれほどなさそうだ。一方世界に目を向ければ、Zara HOME(ザラホーム)などのローエンドからARMANI、BURBERRY、RALPH LAURENのハイラインまで、構成比は別とすれば、寝具市場への参入は、むしろ総合アパレル化への登竜門に見える。
これほどアパレル各社が寝具(ホームファッション含む)市場に参入しているのを見ると、機能性と寝具の親和性よりもむしろ、ファッション性と寝具は親和性が高いのではないかという仮説が立つ。
一方で、西川やエアウィーヴはファッションアパレルではない。消費者から見れば、これらの企業は専門性が高いという位置づけで、実は下着やシューズなどとブランディングの方向性が似ている。
どういうことか?求められる「専門性」について例を出して説明すると、おいしいラーメンを食べたいとき、あなたは寿司屋がサイドメニューでラーメンもつくっている店に入るだろうか?もちろん、価格やスピードなど人には事情があるから、必ずしも寿司屋でラーメンを頼まないということはないと思う。しかし、可能ならラーメン専門店でラーメンを食べたいはずだ。このようなケースはいろいろある。例えば、シューズ、ランジェリー、パンツ(スラックス)などだ。最後にパンツが来ることに違和感を持つ人もいるかもしれないが、イタリアなどではパンツ工場は専業メーカーが担っているのは常識だ。このように、専業メーカーがつくったものでなければ消費者は信用しない、というものが世の中にはたくさんある。
この領域に風穴をあけるためには、自社の開発機能を外出しするより、M&A(合併・買収)や事業提携などで専業メーカーを自社グループに上手に取り込むべきだと思う。
Uniqlo HOMEは売れるのか?
機能性、研究開発に費やすことができる資金量と優れた機能性を持つ企業といえば、ファーストリテイリングが真っ先に浮かぶ。もはや日本を代表する世界企業となったファーストリテイリングはアパレル、キッズ、スポーツ、ハイブランドとのコラボ商品など、繊維という繊維のカバレッジだけで言えばもはや隙間はないように見える。
しかし、ユニクロになくてZARAにあるもの、それはZara HOMEのような業態だ。ユニクロが世界のアパレル企業の一角を担う最大手となり、また、ブランドとしての存在感を増すのであれば、Uniqlo HOME (仮称)があってもよい気がする。実際、同社のMDを丹念に見てみれば、ヒートテックの技術を使った毛布やAIRismの生地を使ったパジャマなど、ピースは揃っている。これだけ全方位に繊維製品を拡張し、ギアの販売もしているのであれば同社の機能性寝具を別業態として出すのは十分あり得る選択のように思える。少なくとも、私は、この期待を絶対に裏切らない会社がつくる寝具業態というものがあるなら、ものすごく興味がある。
そもそも、みなさんはSPA(製造小売)などといっているが、このファーストリテイリングとて、自社工場は、銀座のユニクロトウキョウ向けの東雲の工場のほか、アジアに数軒あるだけで、日本中のアパレル・リテーラーは協力工場での生産がメーンだということを知らない。ファブレスの強みは、ものづくりをすぐに変えられるところにあり、デメリットは直営工場に比べ、プロフィットセンターとコストセンターの差分で価格が高いことだろう。
あれだけ徹底的にマーケティングを行っているファーストリテイリングのことだ。こうした議論は過去遡上にのったことはあろうが、私が提唱する駅ナカ・空港の自動販売機店と同様、いまだに姿を現さない。もちろん、いまのままでも出店余地はアジアにいくらでもあるし、特にアリババグループの手中に陥らないためのチャイナ投資も必要だろう。エキセントリックなことをやっている場合ではないという「選択と集中」の結果かもしれない。
寝具ビジネスはファッション性の訴求が肝心
実は、日本でも多角化による寝具事業で成功した事例はある。まず、昨年、2000億円という莫大な値付けで話題をさらったマッシュスタイルホールディングスのgelato pique(ジェラート・ピケ)だ。ジェラート・ピケは、セグメント的にはホームウエアなのだが、独特のフェミニンな世界観をもっており唯一無二といえる。
また、存在感といえば、無印良品も寝具カテゴリーで確かな存在感を持つ。無印良品の寝具は確かに機能性に優れている気がする、が、あれだけ幅広いMDを展開している同社に寝具に集中投下する資金はそれほどないはずだ。しかし、私が過去行った調査によれば、寝具と言えば必ず同社の商品がでてきて、その理由は、「無印の商品であれば周りとのコーディネートにマッチするから」ということだった。無印の厳しい「ブランドコード」については、拙著『ブランドで競争する技術』をお読みいただければと思うが、素材感を打ち出し、非常に独特の生活感を感じさせる、こちらも唯一無二のブランドだ。
最後に、こうした考察を踏まえた私の意見を述べると、機能性訴求による一点開発は、専業メーカーに軍配があがる。彼らの脇から市場シェアを奪おうとするなら、機能性ではなく、他の商品との世界観の一貫性で独自性を出すのが良いのではないか、ということになる。
さて、これは私のような職業の人間がよく使う「初期仮説」の段階で、もちろん検証が必要ではあるが、ミズノのような大企業の新規事業が10億円規模なのであれば、それはトライアルであることは間違いない。同社の株価も日本株全体のトレンドに押されてか、続伸しているという。何もしないままあれこれ考えるより、スモールスタートでトライアンドエラーを繰り返し軌道修正してゆくのだろう。それも正しいやり方だ。
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プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
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