世界中で「アパレル不況」が起きている。フォーエバー21、ブルックス・ブラザーズなどのアパレルから、ヴィクトリアズ・シークレットなどのアンダーウエア、バーニーズ・ニューヨーク、ニューマンマーカスなどの高級リテーラー、そして、日本に関係するところでいえば、MUJI USAの破たんも忘れてはならない。欧州ではローラアシュレイが破たんした。
一方、日本ではレナウンの破産が記憶に新しいが、日本政府と銀行による過剰支援によりゾンビ企業が生きながらえ、倒産件数が過去最低になっているという、時代の変化と逆行する政策が行われていることは解説した通りだ。だが、日本のアパレル企業の多くはファーストリテイリングやしまむら、ワークマン、西松屋などのディスカウンター数社を除き、大規模なリストラを繰り返しなんとか延命している状況だ。こうした世界的アパレル不況の原因は、本当に新型コロナウイルス(コロナ)が引き起こしたものなのか?私の分析から導かれる結論と、ならばどうすべきか、解説していきたい。
コロナは時間を早めただけ
一般的に、このような世界的アパレル企業凋落はコロナの世界的パンデミックが理由とされ、アパレル企業は飲食、旅行とならんで三大コロナ不況産業といわれている。しかし、よく考えてみて欲しい。飲食や旅行はコロナとの関係を考えることは、それほど難しいことではないが、なぜ衣料品がコロナと関係あるのか。巣ごもりして、人は服を買わなくなったというのは一見分かるが、ならばクロスプラスのように果てしなく利益率の高いマスクをつくって高収益化させる企業もある。
実際は、コロナが原因ではない。私はそれらグローバル企業から一次情報に近い話を聞くことができたのだが、破たんの原因は一社一様でコロナが引導を渡したということはあっても、それは「時間を早めた」だけだった。経営の失策、あるいは構造改革の遅れ、なかには社会を敵に回すハラスメントなどが原因だった。競争のグローバル化や人口減少、テクノロジーの進化、経済の停滞と金融緩和・超低金利など、先進国で起きている共通した環境変化に追いつけず基本を忘れ自ら考えることを止めた末路だ。
日本企業に関していえば、内部事情をいうと、多くの議論は多数で話し合い意思決定も多数で行われる。その大規模な人数と不勉強だがひな壇に飾られた人などのキャスティングに問題がある。組織内で「差し合う」こと、品良く言えば「ディベート」は無きに等しく、いわゆるシャンシャン会議でものごとが決まる様を幾度もみてきた。個人で話すと極めて優秀な人が、集団で集まると非論理的な意見がまかり通る。いわゆる集団IQ低下であり、足し算がなぜか結果が引き算となってゆく。以下は、それらの一例だ。
真似してはいけない アパレルを巡る、非論理的な意見の数々
ある評論家は、某セレクトショップの商品回転率が2.6回転だという事実を取り上げ、8カセットMDを「2.6回転しか商品が売れていない。つまり、約半年も商品が店頭に並んでいるのに、8回も商品投入するなど、現実と理想の乖離が激しく余剰在庫を残す原因だ」と主張する。だが、これは論理的に自己矛盾を孕んでいる。この主張は因果関係が逆で、例えば、プロパー消化率が50%だとすれば、総投入量の半分がイン・シーズンに売れ残り、残りはセールシーズンまでキャリーとなるため、それらの総投入量を平均化すれば、商品回転率はトレンドの8回転とは相関しない。むしろ、なぜ、これほどプロパー消化率(的中率)が外れるようになったのかを分析しなければならない。
この評論家は、未だに「消費者から見たトレンドの回転率」と「物理的な総投入量の総消化」が同じだと思っているわけだ。この2つが異なることはすでに述べたとおりで、この人のように古き良き時代を知っている人ほど、未だにプロパー消化率が90%、つまり、総投入量がイン・シーズンでほとんど売れる時代の考え方(1990年代)を引きずっている。
さらに、先日、私が参加したある有識者会議では、日本の「トップ・ブレイン」と言われる人が集まっていた。だが、大変僭越ながら「この人たちは大丈夫か?」と首を傾げざるを得ない状況を目の当たりにした。
ある有識者は冒頭で、商品投入点数が昨今40億点もあることから、人口から考え過剰生産が問題だと述べ、そこから余剰在庫を問題視し、その解決案としてAIを使ったトレンド将来予測で余剰在庫が解決できると断じていた。
なぜ、「量の問題(作りすぎ)」が、「質の問題(トレンド的中率)」で解決できるのか。いわば、1リットルしか入らないバケツに、例えば、1.3リットルの水を入れるから0.3リットル(余剰在庫)がこぼれ落ちる。百歩譲って、仮にトレンドが的中しても、水で一杯となったバケツに物理的に入らないものは何をやっても入らない。自ら課題を「作りすぎ」と断じておきながら、それをトレンド予測で解決できるというのは、風邪を盲腸手術で治そうとするぐらい課題と解決案がチグハグだ。
アパレル業界では、このような話は枚挙にいとまが無い。
私は、この連載で、最も正確に人のサイズを測る方法は、標準サンプルをリアル店舗で着てもらい、合っていない部分だけを修正することだと述べた。また、競争優位性は、ウルトラハイテクを使ったサイズ計測精度でなく、生産のスピードにあるとも指摘した。消費者調査をしてみればわかるが、10日以内にパーソナルサイズによるパーソナルオーダーを手に取ることができれば、消費者は既製品と変わらぬ感覚で購入できる(丈直しなど既製品のお直しは1〜2週間)。逆に生産に1ヶ月以上かかれば、期待値が向上し、従来のビスポーク、あるいはフルオーダーと同じと思い、ちょっとしたサイズのズレでもクレームが5倍に増える。
つまり、アパレル業界はリアル店舗を使ってサイズ計測し、例えば、標準サイズのこの部分を直せばジャストフィットであるというデータをもっておけばよく、投資すべきは高効率で生産できるスピードアップを実現する流通構造なのである。特に、パンプスなどのレディースシューズは、パーソナルオーダーが全盛期だが、人の足というのは常にうごいており、止まった足形にぴったりのものなど全く無意味である。判を押したように、「3D計測が」などという人が多いが、鉄の靴でも作ろうとおもっているのだろうか。
こうした消費者起点に立った正しい戦略を素直に守っているのがオンワード樫山のザ・スマート・テーラーだ。リアル店舗で経験豊かなスタッフが採寸、工場に巨額のデジタル投資を行って10日以内のフルオーダーを既製品と変わらぬ値段で実現している。スーツ市場が破壊的に減少している中でも売上は伸びているのもあたりまえだ。私は、高島屋の下請けをやっているHANABISHIという会社のパーソナルオーダーの再建をファンドとともに行ったことがあるが、見事に復活した同社も目的と手段の違いをしっかり堅持していた。
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EC化がアパレル業界を破滅に追いやっている
私の分析によれば、世界でアパレル業界が等しく衰退しているのは「EC化」が原因だということになる。
もちろん直接的破たんの原因はまちまちなのだが、各企業が等しくキャッシュフローを悪化させた要因は、等しくEC化であるということを聞けば、「何をバカなことを」と聞く耳を持たないのが今のアパレル企業だ。
しかし、これも消費者起点に立って考えてみれば直ぐにわかるのだが、アパレル企業は、EC化によって、世界中の類似商品と「単品勝負」に追いやられ、リアル店舗内の空間演出や、他のMDとの相乗効果による「世界観」や「ワクワク感」の醸成という感情価値(イメージ価値)が壊されていることが理解できていない。消費者はいまブランドなど関係なく、スマホを使いモールで類似商品を比較し購買している。その結果、単品完成度とコスパの高いユニクロにメッタメタにやられているわけだ。チームプレイで戦うべきなのに、モールで個人プレイに追いやられ、負け戦にかり出されているといったらおわかりだろうか。
ではそれを解決する秘策であった「デジタルSPAはどうなったのだ」といわれれば、「私の目の黒いうちに実現化されることはないだろう」ということを告白せざるを得ない。繰り返し述べるが、私は口だけの評論家でなく実際に実務を行う実務家でもある。商社にデジタルSPAのコンセプトや講演を行った数は10社をくだらない。なかには一社で5度以上も同じ勉強会を開催したこともあった。
しかし、毎度の如く話は「金はどの部署が払うのか」など、つまらないところで脇道にそれ、「自分も前から考えていた。それなら自分でやろう」と、自己流で前工程のパトロン(垂直統合するアパレル)を見つけ、「一緒にやりましょう」と「なんちゃってデジタルSPA」をやり始める。こうした、雨後の竹の子のように垂直統合があちこちで出来ていることは述べたとおりだ。あと三年もすれば、なんだ、この業界は、というぐらい補正ができないほど複雑化していることだろう。
個別最適の優先がデジタルSPAを壊す
結果、今、いくつかの商社とセレクト企業、あるいはSPAアパレルがデジタル結合を進めているが、そんなことをしても喜ぶのはデジタルベンダーだけで、商社の重いコストが流通の中に入れば、人件費と巨額な固定費、デジタル減価償却費がかさみ、さらにコストが重くなるだけだ。
私が提唱したデジタルSPAはそんな単純なものでない。複数アパレル企業が生産調達を一本化し、生産、物流、素材の3つを一つのシステムで共有化するというものだ。さらに、デジタルベンダーに至っては、ここがチャンスとばかりに自らの収益化を濡れ手に粟のごとく求め、もはや構造的にデジタルSPAの実現は混迷を極めている。システムなど所詮はシステムだ。使えなければ他にすればよいし、それでもだめなら作れば良い。しかし、コンサルタントという立場上、「お前はだまっていろ」といわれ、結果、強いリーダーシップを発揮することもできず、最後は、ご勝手にと苦い別れ方をすることになる。私は、クライアントに嫌われても、正しいと思うことは曲げない性格だから、この仕事に疑問を持ち始めている。
私は、何か難しいことをいっているのではない。例えば、自動車業界やパソコン業界、その他産業で起きた合従連衡による産業効率化をアナロジカルに産業界に当てはめ、中小企業の集まりであるアジアのファッション企業こそ共通化領域をクラウド技術でシェアせよといっているだけなのだ。しかし、人災ともいえる個別企業の利益誘導により、もはや合従連衡など夢物語と思うようになった。本来リーダーシップを発揮しなければならない第三者機関である有識者があの有様だ。この取り組みは見事に失敗した。
正直言って、もう私にはこれ以上デジタルSPAを進めるつもりはない。10年前に「ブランドで競争する技術」で「競争優位性の確立は流通改革にある」と提言し、その根拠を克明に記した。だが、いまだにアパレル業界は、数十、数百の複雑怪奇なバリューチェーチェーンパターンを放置し、手と紙で流通とものづくりをしている。アパレル業界に生き残りの未来が見えなくなってきているのだ。少なくとも、私の目の黒いうちに、あらゆる産業で起きた合従連衡は起きない。地獄の果てまで行かねば変わらないのだろう。
SNSが変えた社会とプロパー消化率低減の関係
最後に、最大の論点である、アパレル企業の多くが誤解している、冒頭に書いた世界的アパレル業界の不振の原因であるプロパー消化率低減の理由を書こう。EC化による世界観の消失と単品勝負によるブランド価値毀損に加え、なぜ、世界的にプロパー消化率が50%以上も落ちてきたのか。それは、単に市場規模以上の投入在庫を安売りし、叩き売っていることだけが原因なのだろうか。私の分析で本論を締めくくりたい。多少前置きが長くなるが、ストンと腹落ちするためにわかりやすい例をいくつか入れたので、読み進めてほしい。
今、アパレル企業のプロパー消化率は業界全体で40%程度といわれている。この理由は、「デジタル化によるネットワークの拡大」が原因である。
家、学校、会社が私たちの世界の全てであり、転職など考えもつかなかった時代、そこで形成された価値観が私たちの価値観だった。逆に言えば、私たちは内なる自己を押さえ、家、学校、会社というコミュニティに順応することを求められ、出る杭は打たれたのである。実際、私は、学校では先生に反抗ばかりしていたし、会社でもいつも一緒に同じメンバーとランチを食べることが嫌で仕方なかったが、そういうしきたりだった。
しかし、そんな私が自我を解き放つきっかけとなったのがインターネットだった。1995年にWindows95が登場し、世界中の人とリアルタイムに繋がった。私が最も衝撃を受けたのは、今まで親、先生、上司から「お前のそういうところを直せ!」と怒られてきたことが、ネットの世界では「異常なのは批判するほうで、お前は正しい」と賛同してくれる人と出会えることだった。思い切り自分の考えをネットの広大な世界の中で叫び、世界中の人達と繋がり自我の確立ができたわけだ。
実際、通販事業再生を務めていた私が競合分析をしていたとき、当時多くの通販企業は「女性は20代はデート着、30代は育児・部屋着、そして、40代以降はジャージのホームウエア」という具合に商品を編成していた。また、誰もがサラリーマン仕事をしていたので、実際に世界観をつくっていた女性や働いていた社員(大多数が女性)もおかしいと感じていなかったのが不思議だった。旧来型のカタログ編成が間違っていたことは、分かっていたが、主張に客観性を持たせるため消費者調査を行った。そこでは、20代から50代に至る女性のほとんどが仕事着を求め、30代は一旦高級品となるが、その後、結婚、育児などを経て、50代では子育てから解放され、再び女性らしい輝きを求め自分磨きに金をかける。間違いなく、ターゲットは4-50代だった。そんなときに表れそのセグメントをかっさらっていったのがマーケティングの天才・林恵子率いるDo Classeだった。どの通販も、Do Classeの快進撃を分析し、「通販は安もの」という位置づけから、高級通販に、そして、ターゲットを実年齢50歳以上に変えていった。
この戦略に大成功したのがdinosのDAMAである。こうした分析を経て、私もクライアントの大きなリブランディングをし顧客離脱を食い止めた経験がある。
こうした市場の大多数を占める女性の(マーケティング用語でいうところの)クラスター、つまり同一購買特性を持った集団は、日本中、そして、世界中に散らばっているものの仮想空間で繋がっているのだ。お母さんに、「女性はほどほどに欲なく生きて、金持ちで優しい男性と結婚し家庭に入りなさい」などといっても、今は、女性のほうが遙かに優秀で、アジアでは世界をまたにかけて仕事をしている管理職の多くは女性だし、PLMのユニクロ担当者も複数語を自由に操る中国の女性だ。私の前職Kurt Salmonの香港トップも女性で、二人の英語力は信じられないほどだ。最初お会いしたとき、その流ちょうな英語に「アメリカ人か」と思ったぐらいだった。同時に、LGBTや米国で再燃しているアジア人差別問題など、従来マイノリティといわれていた人たちが堂々と権利主張できる社会背景ができあがった。
セグメントの細分化が進み、やがて絶対単品と絶対個人の関係性になる
このように、昔の商品回転率がどうだからどうだなど、単に公式を当てはめてものごとを考えるのでなく、当たり前のことであっても、状況の裏にあるメカニズムを分析し、因果関係を明らかにした上で要素分解し、新しいマーケティングセグメントを組み立てるのが戦略思考である。
企業のプロパー消化率が落ちてきたのは、こうしたメカニズムが相互作用しながらインターネットの広大な世界で、自我を押さえつけられてきた人達を仮想空間で繋ぎ、新しいバーチャル・クラスター(仮想空間の中の同一購買嗜好集団)を形成しているからだ。
つまり、新しい同一嗜好性を持つ購買集団は、日本中に霜降り牛の脂のように存在し、また、自己増殖や枝分かれしながらアメーバのように分裂と新種を繰り返す。これがトレンド細分化のメカニズムである。だから、商品動向を前提とした、ざっくりとした、いかなる予測も当たらないのである。
バーチャル・アメーバ・クラスターは、ますますナローキャスティング(プロモーション・ターゲットの括りが狭くなることをいう)が進み、最後は、RFIDによる絶対単品とビッグデータによる絶対個人が1対1との関係となり、マーケティングという概念は近いうちに消滅しする。こうした構造分析をしないからAIによる未来予想など、技術は素晴らしいが向いている方向が的外れなソリューションが生まれているわけだ。
したがって、今後、プロパー消化率の向上をめざすのであれば、絶対個人と絶対単品の組み合わせを個社が持つビッグデータから分析し追いかけなければならずAIはそこで活躍することになるだろう。そこでは、企業やブランドが持つ特殊性を加味した極めて高度な分析技術が必要になる。構造を理解すればハイテク技術も日の目を見る。
このように、構造改革の原因を知れば、あまりに単純でバカげた実態、人災と既得権益によって業界破壊は進み、結果金融主導で再編が起きるのだ。今、私にはシークレット講演が殺到し、参加者は金融機関ばかりで100社を超えているほどだ。
私は、こうした事実から様々な予言と提言を行っている。数字ながないなどいわれる筋合いは全く無い。数字というのは、企業・事業のオペレーションの「結果指標」であり、未来を予測するものではない。むしろ、そのオペレーションが動く環境構造メカニズムを解きほぐすことが重要なのだ。
今年は、企業買収が盛んに起き、体力のない企業は外資、内資関わらず飲み込まれ、作りすぎの問題は事業所破綻という形で、外圧によって解決されることになる。なんともパッシブなことだが仕方ない。これが実態だからだ。私のヴィジョンは私は成し遂げられなかったが、きっと誰かが私の志を引き継ぎやってくれるだろう。今は、自分のできる範囲でささやかながら業界の生き残りに貢献したい。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)