地域土着スーパー「やまと」がなぜ潰れたか 元経営者が語る倒産の「必然」

2020/10/14 05:53
やまと元社長 小林久

創業105年、山梨の老舗スーパーとして全国的にも知られた「やまと」が2017年に経営破綻した。家庭で不要になったレジ袋の買い取り、移動スーパー、ホームレスを正社員として採用するなど数々の奇抜手もあり、地域土着スーパーとして多くのメディアにも注目された。そのやまとが、なぜ倒産せざるを得なかったのか。19年に破産手続きを終えた元社長の小林久氏は著書「続・こうして店は潰れた」のなかで、5つの理由をあげている。その一部を上下にわけてお届けする。

閉店した店舗の様子
山梨の地域土着スーパーとして知られたやまとはなぜ倒産したのか。元社長が反省をこめて綴る(laymul/gettyimages)

倒産した5つの理由① 部下に任せることをしなかった

 さて、倒産してから慌ただしい日々を過ごしてきたが、時間の経過と共に冷静になって考えてみると、当時は気づかなかったものが見えてくる。

 なぜ、100年以上続いた「地域土着スーパーやまと」は潰れてしまったのか。 「5つの理由」を挙げて検証してみたい。ビジネス書でよく見るパターンだが、これは専門家の意見ではなく、会社を潰した経営者本人の分析である。先代から15000万円の大赤字を引き継ぎ2年で黒字化した後、私が社長になって からの経営に対して、言い訳がましいことはなるべく抜きで第三者の視点で考えてみる。

 第1に、営業方針や人事管理、資金繰り等社長がすべてを担い、部下に任せなかったこと。対外的にも同業他社とは歩調を合わせず、反感を買ったこと。 そのため社長が裸の王様となり第三者の進言に耳を貸さず、重要な情報が入らなかったことである。

 私は人に任せることが嫌いなわけではない。朝の仕入れから夜のレジ締めまで、従業員 はみんな身を粉にして働いている。そのため余計な負担はかけたくないという安易な思いから、売り場以外の仕事は自分でやろうと決めた。「ここに店を出す、こんな販促をする、こんな人事にする」

 周りの意見は聞くが、社長の意見には反論も出ない。なまじっか成功することも多かっ  たので、自分のアイデアは常に的を射ていると勘違いが始まり、実利に結びつかない販促も目立った。

 現場スタッフもギリギリの人数で回していたため、数多いイベントやチラシ広告につい ていけず次第に疲弊していく。私自身、社長になってからの 15年間は年に 10日にも満たない休日で走り続け、最後には精神科のお世話にもなった。

 組織や人材育成は、一朝一夕でできるものではない。景気のいい時代ならともかく、厳しくなればすぐ崩れていく。経営は短距離走ではなく、終わりのない駅伝のようなものだ。私のように区間新記録ばかり狙っては駄目なのである。

 メディアで同業他社の記事を見るたび、負けず嫌いの血が騒ぐ。 「地域のためならなんでもやる、彼らの真逆を行く!」と心に決め、群れることを嫌い、業界団体にも属さなかった。仕入れを支える「取引業者協力会」もつくらなければ、 「経営方針発表会」もやらない。

 レジ袋有料化など、足並みを揃えるどころか勝手に走り出し、さも他のスーパーが悪者のように演出して追随を煽る。これでは、ある意味同じ船に乗っているとも言える同業者の反感を買うのは当然である。おまけに県内スーパーでは一番若い 40代社長で、 「社長の安否は新聞で確認できる」と揶揄される。スーパーやまとの一番の売りは店舗の商品ではなく、社長個人のキャラクターだった。これではイザというとき助けてくれる人がいるはずがない。潰れて当然の店である。

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