北海道現象から20年。経済疲弊の地で、いまなお革新的なチェーンストアがどんどん生まれ、成長を続けている。その理由を追うとともに、新たな北海道発の流通の旗手たちに迫る連載、題して「新・北海道現象の深層」。第1回は、時計の針をその当時に戻し、北海道現象とは何だったのか、なぜ起こったのかについて解説します。
有名アナリストの眼力により「発見」された現象
「実は『北海道現象』という言葉が最近話題になっているんです。今度、特集を組むのでご協力いただきたい」。札幌に取材にやってきたチェーンストア・エイジ(CSA)誌(ダイヤモンド・チェーンストア誌の前身)の記者からそう切り出されたのは、今から20年以上も前の1998年9月初旬のことでした。
「北海道現象」とは98年夏、メリルリンチ証券シニアアナリストの鈴木孝之さん(現プリモリサーチジャパン代表)が執筆した投資家向けリポートの中で初めて使われたワードです。当時の北海道経済は、97年11月の北海道拓殖銀行の経営破綻の影響で深刻な不況に陥っていました。そうした中で、札幌に本社を持つ小売りの上場企業、食品スーパーのラルズ、総合スーパーのマイカル北海道、ホームセンターのホーマック、家具・インテリア製造小売りのニトリ、ドラッグストアのツルハの5社が急成長していることに、鈴木さんは着目したのです。事実、拓銀破綻直後の98年2月期(ツルハは5月期)決算で、5社はそろって増収増益を達成し、過去最高益を更新しています。
私は当時、北海道新聞経済部で流通業界の担当記者をしており、CSA誌とは、時折、北海道流通に関する原稿を依頼されて執筆するという関係にありました。しかし「北海道現象」というワードを初めて耳にした時の印象は「そんな大げさな話なのかな」。つまり、あまりピンと来なかったというのが正直なところでした。物事の渦中にいると、得てして大事なことを見落としてしまうものです。そのころの私たち北海道の流通記者の最大の取材ターゲットは、主力行・拓銀の破綻によって経営危機に直面した老舗百貨店・丸井今井でした。もちろん、ラルズやホーマックの業績が好調であることは分かっていましたが、これを「現象」ととらえる目は持っていなかった。そもそも都銀がつぶれてしまうような北海道に、そのような凄い企業が存在するなんて、北海道民自身が全く信じていなかったのです。その意味で「北海道現象」は、鈴木さんという優れたアナリストの眼力があって初めて可能になった「発見」だったと言えるでしょう。
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北海道現象が起こる、その合理的な法則とは!?
北海道現象が起こる“法則”とは!?
ここで重要なのは、鈴木さんは「北海道現象」を単なる表層的な「現象」ととらえるのではなく、なぜ北海道のように経済が疲弊した土地で急成長企業が次々と誕生しているのか、その合理的な「法則」をきちんと見いだしていたことです。
「北海道現象」を起こした5社は、それぞれの小売業態で道内ダントツの存在です。当時の北海道のように誰もが「不況で暮らしが大変だ」と強く意識するようになれば、無駄な買い物をしなくなります。消費者は価格やサービスの中身を厳しく選別し、その結果として各業態のトップ企業に支持が集まって「独り勝ち」状態になる、というわけです。先述した通り、この5社は拓銀破綻直後の決算で過去最高益を更新しました。特徴的なのは、不況の影響で客単価が減少したものの、それを補って余りある客数増によって増収増益を達成したということです。不況が厳しくなるほど、同じ業態の2番手以下の企業から客を奪っていくので、トップ企業の独り勝ちが加速するということになります。
もともと北海道は小売業にとって、全く恵まれていない市場です。九州の倍の面積に、約4割の人口しかおらず、物流に手間がかかる上に、購買力も決して高くない。早い段階から効率的な経営を意識してきた企業でなければ、成長どころか、生存を続けることすらできません。北海道は力のない企業が淘汰され、寡占化しやすい環境の市場だと言えます。そうして生き残った企業の中から、真のナンバーワン企業を決める「決勝戦」の意味合いを持ったのが、拓銀破綻後の不況でした。これが関東のような恵まれた市場になると、なかなか域内の勝負がつかず、かえって本物のエリアナンバーワン企業が生まれにくいのです。
冒頭紹介したCSA誌の特集は「北海道現象-不況下に成長企業が出現する」というタイトルで98年10月15日号に掲載されました。「発見者」の鈴木さんと、当時の帝国データバンク札幌支店情報部部長補佐、それに私の原稿で構成されたこの特集が「北海道現象」を最初に紹介した一般メディアということになるようです。その後、北海道新聞をはじめとする一般紙や週刊誌なども取り上げ、「北海道現象」は流通業界の枠を超えて知られるようになっていきます。拓銀が破綻し、意気消沈していた道民にとっては「経済再生への希望」という意味合いを持つようになりました。何より「北海道現象」の当事者たちが自らの経営に自信を深め、さらに強い企業に成長していった効果も見逃せません。
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新ステージに入った北海道現象!
新ステージに入った北海道現象
「北海道現象」は一過性のものではなく、20年以上たった現在も続いています。それは、<上表>を見ていただければ明白でしょう。5社は同業者との再編などを経て、いずれも当時とは社名は変わりましたが、優れた業績を残し続けています。イオングループの地域法人であるイオン北海道以外の4社は、全国展開に踏み出しており、売上規模だけでなく、営業エリアや知名度の点でも「北海道のトップ企業」から「日本のトップ級企業」になったと言えるでしょう。高校野球では、甲子園の全国大会よりも、大阪府の地方予選を勝ち抜く方が大変だという人がいます。流通業界も、過酷な北海道予選の決勝戦を突破した企業にとって、恵まれた本州市場を制覇する方がたやすいと言えるのかもしれません。
注目したいのはこの20年余りの間に成長を遂げた北海道企業はこの5社だけでなく、コープさっぽろ(生協)やアインホールディングス(調剤薬局)、セコマ(コンビニエンスストア)、サツドラ(ドラッグストア)など枚挙にいとまがないことです。「北海道現象」は完全に新しい段階に入ったと言えるでしょう。
この連載では、北海道流通のユニークさについて新しい動きを取り込みながら、思うままに執筆していきたいと思います。
ところで、「不況下に成長企業が出現する」のが「北海道現象」だとするなら、なぜ小売業界だけに出現し、他の業界に同じ現象が起きないのでしょうか? より厳密に言えば、「北海道現象」を起こしたのは小売業というよりもチェーンストアです。そこで次回は、北海道に優れたチェーンストアが根付いた背景を探ります。