女傑商売人傳(後編)

2011/04/23 05:24
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 (昨日の続きです)

 

 従業員には10代の女の子ばかりを使った。「中卒は“金の卵”」と言われたころのこと。お店と女性は、取引先からもお客さんからも信頼されていたから、毎年のように紹介を受けて中卒女子を採用することができた。

 

 ただ、初めて2人の中卒女子を同時に採用するに当たってはためらいもあった。

 内定を出す前に女の子たちの家庭訪問をしようと考えたのは、躊躇をふっ切るためだ。

 

 栃木にあったそれぞれの自宅を訪ねると、2人ともに長女で、家はとてつもなく貧しい。狭い部屋には両親とたくさんの弟妹たちが同居している。

 

 女性は、「長男長女がちゃんとした人生を送らないと、弟妹はロクなものにならない」と自分の母親から幾度となく聞かされた言葉を思い出し、女の子たちの採用を前にして気持ちを引き締め言った。

 

 「あなたの家は、おカネがない。あなたの嫁入りの支度なんてとてもできない。私が採用するからには、しっかり働いてもらいます。貯金もしてもらう。自分で支度をして、ここから嫁ぎなさい」。

 

 親身で、割舌の良い大きな声に、感激した女の子たちは昼に夜を継ぐこともいとわず、本当によく働いた。

 

 計算ができない女の子たちには、毎朝100点満点を取れるようなテストを出して自信を付けさせながら商売を身に着けさせた。「100点成長主義」と名付けた彼女独特の“人財共育”である。

 

 女性は、「女の子たちを教えていたんだけれど、逆にいろいろなことを学んだ。だから共育なの」と振り返る。

 

 就職から5年、成人式を祝った後、ほとんどの女の子は21歳くらいで嫁に行った。

 

 「若さしか武器がないんだから、嫁に行けるときに行かせてしまおう」。

 女性には、確固たる信念があった。

 将来的に金銭の苦労をさせたくなかったから、家持ちの男でなければ結婚を許さなかった。

 

 数えてみれば、そんな風に送り出した女の子は実に21人。

 「家持ちに嫁いだから、嫁姑問題はあったけど、後藤社長にこき使われていた時より、全然楽よ」と女の子たちはかしましく当時を語り合う。

 

 その女の子たちもいまはもう70歳前後になる。

 齢を重ねても、苦しいときに同じ櫃に入ったごはんを食べた仲間たちの結束は固く、いまだにOG会と称して、1年間に数回も熱海の温泉宿に投宿する。

 この6月にも旅行の計画がある。

 

 もちろん、その席には女性――東京都と神奈川県内に22店舗を展開する文化堂(東京都/花岡秀政社長)の後藤せき子会長――も出席することになっている。

 

 (『チェーンストアエイジ』誌2011年5月15日号では、文化堂後藤せき子会長のインタビュー記事を掲載します。ぜひ、ご一読ください)

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