酒井真弓のDXトレンド最前線、ハンズやニトリが活用、店舗とECの壁を壊すスタッフ起点のDX

酒井真弓
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近年、流通小売業に限らず、デジタル技術を活用して、ビジネスモデルや社内文化の変革に成功している企業が増えてきている。本連載ではDX(デジタルトランスフォーメーション)の先進事例を紹介。第2回は「ハンズ」や「ニトリ」も導入しているスタッフを起点としたDXサービス「STAFFSTART(スタッフスタート)」を紹介する。

 オムニチャネルやOMO(オンラインとオフラインの融合)がうまくいかない要因の1つに、店舗とECサイトの間の壁があると言われている。たとえ店舗スタッフがECサイトを紹介して購入に至ったとしても、その計測は難しく、スタッフの評価にならないことが多かったのだ。「ECサイトに売上を持っていかれる、ECが大嫌いだ」―。

 そんなスタッフの一言を発端に開発された、店舗とECサイトの共存共栄を実現するサービスがある。

 ハンズ(東京都/桜井悟社長)は2024年3月、公式サイト「ハンズネット」で、全国の店舗スタッフから認定された17人のスタッフインフルエンサーによるスナップ投稿を開始。仕入れや接客で培った豊富な商品知識と提案力でECサイトを充実させ、さらにスタッフのファンを醸成することで来店にもつなげたいという。

ハンズの店舗スタッフから認定された17人のスタッフインフルエンサーによるスナップ投稿
ハンズは24年3月、公式サイト「ハンズネット」で、全国の店舗スタッフから認定された17人のスタッフインフルエンサーによるスナップ投稿を開始

 投稿には、バニッシュ・スタンダード(東京都/小野里寧晃社長)が提供するスタッフDXサービス「STAFF START」を活用している。同サービスの最大の特徴は、スタッフのEC売上貢献を可視化する仕組みを設け、人事評価にも生かせるようにしたことだ。

 さらにゲーミフィケーションの要素もあって、自分の投稿を介してECサイトで売れるとプッシュ通知が届く。スタッフのやる気に火がつき、導入ECサイトの平均CVR(コンバージョン率:サイトにアクセスしたユーザーのうち、購入や申し込みなどの成果につながった割合)は1.5倍に。月2億6000万円の売上をたたき出すスタッフまで現れている。

ニトリ導入でCVRが2倍に

 家具・インテリア業界で初めてSTAFF STARTを導入したのは、25年までにEC売上高1500億円をめざすニトリ(北海道/似鳥昭雄社長)だ。21年の運用開始からわずか半年で、STAFF START経由のCVRは2倍に成長したという。

 その秘訣は、スタッフの投稿が増えるよう工夫したことだ。家具の移動に時間がかかる「トータルコーディネート」だけでなく、雑貨中心の「スモールコーディネート」も投稿カテゴリに加えた。「おうちでリゾート気分を楽しむ」などのコンセプトで、ミニテーブルやキャンプチェア、南国風の食器など手軽なコーディネートを提案している。また、社内で投稿のコツや実績ランキングを共有し、スタッフ同士が参考にできるようにしている。

 新入社員研修にもSTAFF STARTを活用している。自分たちが考えたコーディネートがECサイトでどう評価されるか一喜一憂しながらも顧客視点が育まれていくというわけだ。また、社内の人材発掘・育成を目的とした「コーディネートコンテスト」では、STAFF STARTの評価機能を活用し、ECサイトでのコーディネート閲覧数や売上も審査対象に。社内イベントにとどまらない盛り上がりを見せたという。

3COINSは主婦店員が活躍

 ほかにも多くの成功例が生まれている。ソニーの直営店「ソニーストア」では、スタッフのたった1つの投稿で9489万円を売り上げるなど、大きな成果を挙げている。これは店舗の中でもとくに専門知識に長けたスタッフがECサイトにも活躍の幅を広げ、商品レビューや活用法を投稿しているからだ。直接相談したいスタッフには店舗での接客予約も可能だ。

 生活雑貨店の「3COINS」にも名物店舗スタッフがいる。

 Junkoさんは1児の母の目線を生かし、「お弁当革命」「知育シリーズ」などのキャッチコピーを添えて商品を紹介している。「Junkoさんの投稿を見れば3COINSのすべてがわかる」と評価するフォロワーもいて、商品単価300円にもかかわらず、1000万円以上売り上げる月もあるという。

3coinsの名物店員のJunkoさんの投稿画面
3coinsの名物店員のJunkoさん。1児の母の目線を生かし、「お弁当革命」「知育シリーズ」などのキャッチコピーを添えて商品を紹介している

キャッチコピーと活用シーンがカギ

 ホームセンター(HC)は、STAFF STARTをどう活用すればいいのか。バニッシュ・スタンダードのHead of BizDevで、「とにかくスタッフの投稿やライブ配信を見まくって研究している」という猪首充弘氏に聞いた。

バニッシュ・スタンダード BizDev ユニット Head of BizDev 猪首充弘氏
バニッシュ・スタンダード BizDev ユニット Head of BizDev 猪首充弘氏

 HCのECサイトの場合、プロが撮影した写真とスタッフが撮影した写真が同じページに並ぶことが多い。写真のクオリティでは勝てないし、多様なスタッフが被写体となるアパレルと違って差別化も難しい。

 そこで、キャッチコピーが重要になってくるという。「最初は『売れ筋ランキング』や『◯◯の便利な使い方』でも大丈夫。反応を見て試行錯誤しながら投稿し続けることで、個性やノウハウが養われていく」(猪首氏)。

 活用シーンを含めた訴求もカギを握る。「ECサイトで購入するお客さまが知りたいのは、部屋に設置したときの雰囲気や使い勝手。仮に照明器具なら、寝室やダイニングに設置した場合、朝と夜など、バリエーションを増やすことを心掛けるといいでしょう」と猪首氏は続ける。

伸びにくい投稿にはある特徴が

 閲覧数やCVRが伸びない投稿には、どんな特徴があるのだろうか。猪首氏は、「ブランドの世界観のままの投稿は伸びにくい」と言う。あるアパレルスタッフが実験的に自ブランドのみのコーディネートを投稿し続けた結果、一定のフォロワー数から伸び悩んだ。

 「日常生活で全身同じブランドという人はほぼいませんよね。みんなが持っているようなアイテム×自ブランドという見せ方のほうが、自然体で参考にしやすいのだと思う」(猪首氏)。「他社ブランドを宣伝することになってしまうのでは」という見方もできるが、これに限らず、顧客のニーズに寄り添う姿勢が、スタッフのファン、ブランドのファンを醸成していくのかもしれない。

アルバイトでも活躍できるんだという希望

 もう1つよくある失敗は、個性的なスタッフにSTAFF STARTをやらせようと人選してしまうことだ。「うちにはネットでバズるようなスタッフがいない」と最初から行き詰まるケースもあるという。猪首氏は「個性は後からついてくるもの」と力を込める。

 一例が、21年に同社が開催した店舗スタッフ全国No.1を決める大会「STAFF OF THE YEAR」で好成績を収めた、アパレル大手新潟店のアルバイトの女性だ。大会出場前のインスタグラムのフォロワー数は1万前後。それがいまや23.3万を超えている。彼女が新店オープンにヘルプとして店に立てば、多くのファンが駆けつけるという。これまで芸能人やインフルエンサーに頼っていた集客を自分たちの力で賄えるようになったことは非常に大きい。

 「彼女も最初は皆さんが想像するような個性はなかったと思う。でも、飾らない魅力があった。それがフォロワーに支持され、個性になっていった。だから人選なんてしなくていい。やりたい人にやってもらうのがいちばん」(猪首氏)。

 その女性はかつて、「地方店でも、アルバイトでも、アラフォーでも活躍できるんだって、同じような環境で働く人の希望になりたい」と語っていた。どのスタッフにも可能性はある。必要なのは、一人ひとりの潜在能力を引き出す仕掛けだ。

 昨年末、バニッシュ・スタンダードは、生成AIで投稿文の作成を補助する機能をリリースした。今後はよりその人らしい投稿文を生成する機能の追加を予定しているという。

酒井真弓(さかい・まゆみ)
●ノンフィクションライター。IT系ニュースサイトのアイティメディア(株)で情報システム部、イベント企画を経て、2018年フリーに転向。広報、イベント企画、コミュニティ運営、イベントや動画等のファシリテーターとして活動しながら、民間企業から行政まで取材・記事執筆に奔走している。日本初Google Cloud公式エンタープライズユーザー会「Jagu’e’r(ジャガー)」のアンバサダー。著書に『なぜ九州のホームセンターが国内有数のDX企業になれたか』(ダイヤモンド社)、『ルポ 日本のDX最前線』(集英社インターナショナル)など

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