「価格」と「買物利便性」からコロナ禍で需要が急伸!
「うちの奥さん、お菓子や飲み物なんかがすごく安いからって、私の会社の店ではなく近所のドラッグストア(DgS)に行くって言うんですよ」。北陸地方に店舗を展開する某食品スーパー(SM)企業の社員は、自嘲気味にこう漏らした。
食品を豊富に取り扱うDgSは、今や枚挙にいとまがない。購入頻度の高い食品を赤字覚悟の低価格で販売して集客を図り、粗利益率の高い医薬品や化粧品によって利益を稼ぐ──。こうした経営戦略はDgS業界ではもはや異端なものではない。調剤・医薬品や化粧品、日用品といった従来型DgSの商材に食品という頻度品を組み合わせることで、ドミナント出店が可能かつ小商圏でも成立するモデルづくりを行う「フード&ドラッグ」企業は、今日の国内流通業界において大きな存在感を放っている。
そして、いまだ収束の兆しが見えない新型コロナウイルス(コロナ)の感染拡大は、フード&ドラッグが持つ「ワンストップショッピングの利便性」と、SMやコンビニエンスストアと比べたときの「圧倒的な価格の安さ」をより際立たせる出来事にもなった。消費市場に目を向けると、感染防止の観点から、「1 つの店舗で必要なものをまとめ買いしたい」というニーズが高まっているほか、コロナ禍での景況感の悪化で節約志向も強まっている。そうした需要に対し、「比較的コンパクトな売場面積」で、「DgS ならではの商材と生鮮を含む食品の双方を豊富に」取り扱い、なおかつ「商品を安く提供する」というフード&ドラッグへの支持が高まるというのは自然な流れだろう。
フード&ドラッグ主要3社はいずれも2ケタ増収
実際、各社の業績は絶好調だ。フード&ドラッグのパイオニア的存在であるコスモス薬品(福岡県/横山英昭社長)の2020年5月期連結業績は、売上高が対前期比12.0%増の6844億円、営業利益は同17.4%増の290億円と大幅な増収・営業増益となった。部門別では食品(同社では『一般食品』の名称で分類)の売上高が4000億円に迫る勢いで、前期からの伸び率は全部門で最高となる114.2%を記録している。
東海・北陸地方でD g Sを展開するGenky DrugStores(福井県/藤永賢一社長:以下、ゲンキー)は、全店で直営の生鮮売場を展開するほか、生鮮のプロセスセンター(PC)を有するなど、フード&ドラッグ業界の中でもとくに食品強化の姿勢を強く打ち出す企業だ。同社もコロナ禍の需要を食品を中心に大きく取り込み、20年6月期の連結売上高は同19.0%増の1236億円、営業利益は同7.3%増の43億円、既存店売上高は同7.4%増と好調だった。
同じく北陸を地盤に関西から東北までの広い範囲に店舗網を持ち、一部大型店でコンセッショナリー(コンセ)を活用した生鮮売場をフルラインで展開するクスリのアオキホールディングス(石川県/青木宏憲社長:以下、クスリのアオキHD)も波に乗っている。20年5月期の連結売上高は3001億円(同19.6%増)、営業利益も163億円(同15.6%増)と、積極的な出店戦略も手伝ってとくに売上高は120%近い増収率を示した。
言わずもがな、こうしたフード&ドラッグの台頭は、SMをはじめとする食品小売業にとっては大きな脅威である。DgSとしての専門性は保ちつつ、食品の品揃えを拡充し強い価格訴求を行い、さらにはSMの絶対的な差別化部門である生鮮の領域も浸食しつつあるフード&ドラッグは、SMと真っ向から競合し得る存在となっているからだ。
ただ、そのSM各社も軒並み“コロナ特需”に沸いていることもあり、そうした競争環境の厳しさがやや見えづらくなっている側面がある。さらに言えば、そもそもフード&ドラッグのドミナント戦略はまだまだ完成しておらず、SMが本格的な影響を受けるのはこれからだと考えるべきだろう。
しかし水面下では、コロナ禍においてもフード&ドラッグは高い機動力をもって店舗数を着実に増やしており、SMの周囲には着々と包囲網が築かれている。前述のとおりフード&ドラッグは小商圏で成立する店舗モデル(=SMよりも必要商圏人口が大幅に少ない)であるため、SMは年を経るごとに自店の売上がどんどん削られていくことになるだろう。
PB開発と出店拡大進めるコスモスとゲンキー
さらに着目すべきは、単純に店数を増やしているだけではなく、フード&ドラッグ各社は次なる成長のための準備も水面下で進めているという事実である。
たとえばコスモス薬品は首都圏での出店を強化しており、東京都内にも昨年4月に店舗を開業している。都内の出店については当初、立地条件やマーケットの違いからか、それまで郊外で出店してきた食品強化型のフォーマットではなく、医薬品や化粧品、あるいは調剤に特化した店が中心であった。しかし、今年に入ってから東京都世田谷区と神奈川県川崎市で、食品強化型店舗の小型版ともいえるフォーマットで相次いで出店。100~150坪程度のコンパクトな売場で、食品と非食品をバランスよく展開する同フォーマットが、新たな都市型小型店のモデルとして確立されれば、都心部での出店にもはずみがつくだろう。それと同時に、プライベートブランド(PB)商品の開発も強化。低価格と粗利益の両方を追求できるPBの品揃えを拡充することで競争力のさらなる向上を図っている。
ゲンキーは、生鮮PCを活用した生鮮食品の拡充、海外メーカーや工場と連携したSPA(製造小売)によるPBの強化、そしてEDLP(エブリデー・ロープライス)の導入を同時並行で行う。SMを含む競合他社の追随を許さない“価格破壊型PB”や、圧倒的低価格と品質のよさを両立した生鮮食品の販売強化により、マーケットシェアのさらなる奪取をめざしている。出店面では来夏、滋賀県に進出することが決定。すでに10件程度の出店候補地を押さえており、関西圏におけるボーダレスな競争激化は必至の情勢だ。
クスリのアオキHDが「スーパーのアオキ」を開業
そしてクスリのアオキHDは、今年6月と8月に、石川県内で5店舗(当時)を展開するナルックス(近岡修社長)と、京都府北部で8店舗を持つフクヤ(平野功社長)のローカルSM2社を相次いで買収。ねらいは生鮮ノウハウの獲得にあり、とくに競合するSMに比べて品揃えや品質の面で課題を抱えていた鮮魚部門のテコ入れを図るとみられる。すでにナルックスの一部店舗については閉店・改装作業を進め、12月2日に新業態「スーパーのアオキ」の1号店を金沢市内に出店している。
同社の生鮮部門は青果を除いてコンセでの運営だったが、今後はナルックスやフクヤのように地域に根差したローカルSMならではの生鮮ノウハウをもとに、生鮮強化を図る方向とみられる。今後も関西~東北の各エリアで同じようなM&A(合併・買収)を連発させていく可能性は否定できない。競争激化やマーケット縮小により体力を消耗させているローカルSMは少なくなく、クスリのアオキHDのようなDgSの傘下に収まるという“戦略的判断”を下す経営者も出てくるかもしれない。
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このように、コロナ禍の需要増も追い風に意気盛んにさらなる成長戦略を描き、実行に移しているフード&ドラッグ。彼らが以前にも増して食品マーケットを本気で獲りにきている今、SMも競争力向上のための取り組みに本腰を入れなければ、待っているのは“淘汰”の2文字だろう。もはや「生鮮を扱っている」だけでは差別化にはつながらなくなっているし、EDLPを含め価格政策の見直しも急務だ。
“コロナ後”の世界を生き抜くためには、フード&ドラッグという新たな強敵の正体を正しく分析し、自社のあるべきポジショニングを見直しながら、競争戦略を実行していく必要がある。
コスモス薬品 会社概要
設立 1983年12月
代表者 代表取締役会長 宇野正晃 代表取締役社長 横山英昭
売上高 6844億300万円(2020年5月期)
店舗数 1058店舗(同上)
Genky DrugStores 会社概要
設立 1990年9月(創業1988年4月)
代表者 代表取締役社長 藤永賢一
売上高 1236億300万円(2020年6月期)
店舗数 298店舗(同上)
クスリのアオキホールディングス 会社概要
設立 1985年1月
代表者 代表取締役社長 青木宏憲
売上高 3001億7300万円(2020年5月期)
店舗数 630店舗(同上)