フェイスブックの21年12月利用者数が初の減少に転じたメタ(2021年10月28日、社名をFacebookからメタ・プラットフォームズに変更)が発表した、21年12月期決算。メタバース事業を支える拡張現実(AR)および仮想現実(VR)テクノロジーの開発担当部門「リアリティ・ラボ(Reality Labs)」の売上高は前年比で2倍となる22億7400万ドル(約2600億円)となるも、1兆円を超える巨額の営業赤字(約102億ドル)となり、この巨額投資が重しとなってメタの株価は20%近く下落した。
一方、アパレル産業を見ると、松坂屋、三越伊勢丹などの百貨店がメタバースに積極的で、海外ではGUCCI、ラルフローレンなどが参入済み。テレビでも「メタバース」という言葉を聞かない日はないほどだ。一昔前のAIブームを彷彿させる勢いだが、私個人はこの有望な技術も、いくつかの論点に分けて考える必要があり、このままでは、例の如く一過性の流行で終わる危険性を感じている。
アパレル産業においてメタバースはどんな役割を果たすのか?そして、救世主となるのか?一緒に考えていこう。
メタバースとは何か?
そもそもメタバースとは、「メタ」(超越)と「ユニバース」(宇宙空間)の合成語で、「仮想空間」のことをいう。VR (仮想現実)との違いは、メタバースは多人数が集まる仮想空間に対し、VRは個人が体験する仮想空間を指すとのこと。余談ながら、ARは拡張現実を表し、これは現実の世界に仮想的物体を見せるもので、スマホの先に映し出されるPokémon GOのモンスターを思い出せば良い。
空間全体が仮想的になるのがメタバース/VRで、部分的に仮想拡張された物体を表す技術がARだ。なお、いくつかの文献や有識者の説明を比較したが、言っていることもバラバラで、定義論については他の有能な方にお任せするとして、ビジネスマンである私は、この技術の技術応用を考えてみた。次ページ以降でそれについて解説しながら、読者の皆さんとディスカッションをしたいと思う。
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キャズムに陥っているメタバース
米国に資産を移し、米国企業をメーンの投資先としている私だが、メタ・プラットフォームズだけには投資していない。メタベースには大いに将来性を感じるしゲーム業界では成立するものの、小売業界に革新を起こすには、時期尚早だと感じている。
マーケティングの世界には、こうした新しい技術が世に現れる場合、私のように真っ先に金をだして体験したいと考えるアーリーアダプターと呼ばれる層(構成比約13.5%)、アーリーマジョリティ(新しいもの好きだが、やや保守的で一般化するまで金を出さないマス市場、同約34%)の間には、キャズム(溝)とよばれる、「三途の川」が存在するというイノベータ理論というものがある。この「三途の川」をうまく乗り越えなければ、新しい製品は大衆化しない。我々戦略コンサルが最も頭を使うところだ。
ZOZOSUITSが広がらない理由とAR活用の代替案
ここで補足しておきたいこととして、あらゆる新規サービスが「キャズム」を超えられないがゆえに大衆化しないわけではないということだ。
その典型例が、サイズ計測スーツのZOZOSUITS(ゾゾスーツ)である。普及が難しい理由は、消費者にPain (苦痛、障害)を与えるからだ。消費者がお買い物をしようと考え、商品比較し、購買するまでの一連の流れである「Footprint(足跡)」のなかに、このサイズ計測というプロセスが存在しないのである。
それとは別個に、わざわざ計測スーツを着て30~1時間もかけて計測しなければならない。データ収集の基本は、「データをFootprint (足跡)から収集する」というものだ。この基本から外れた設計思想が前提になっているのである。小売の世界の常識である、フリクションフリー(お客にストレスを与えないこと)に反しているわけだ。
データ収集の基本は、生活の中に溶け込み、「消費者が活動のなかで自然に落とすトランザクションを自然な形で拾うことが原則である。
ここで普及可能な計測ツールとして提案したいことがある。あくまでも推測だが、AppleのLiDARスキャナーと画像分析を使えば論理的にサイズ計測は可能となる。LiDARスキャナーとはレーザー光を利用して離れた物体の距離や形状を計測できるものだ。
実際、Appleのスマホにはメジャー(計測)というアプリがデフォルトで入っている。Appleは様々な物体のサイズをLiDARスキャナーとAIによる画像検知の組み合わせで得られるサイズ計測技術のAPI(技術と技術をつなぐ約束ごと)を公開することで、例えばアパレル開発者にARから、自分の分身(アバターではなく、自分自身の姿)をスマホの中に登場させ、いろいろな洋服のコーディネートを楽しめる。
これであれば、「SサイズをMにしてみようかしら」とか、消費者が自然に洋服を選ぶプロセスに組み込まれ、そこに消費者の活動のFootprint (足跡)が残る。消費者にとってしてみれば、「欠品」という障害がなくなり、また、試着室に並んだり実際に服を脱いだりという面倒な作業もなくなる(Friction free)ことになるし、企業側からすれば消費者のサイズも自動的にFootprintとして収集できるわけだ。
メタバース、VRはソフトウエア勝負
何ができるかにかかっている
これに対して、メタバースは確かに映画館と遜色ない程度のリアリティはもっているが、まだまだゲームの世界を抜け出していない。まだ小売ビジネスがメタバースの世界の中で広がらない「致命的な論点」は、自分と全く違うアバターが登場し、自分の顔や体型と違う人間が着たコーディネートを体験したところで、なぜその商品を買おうと思うのかという疑問である。
メタバースというのは、冒頭に書いたとおり、全く違う異次元の空間の中に、自分であって自分でない人間が「没入」する。
だが、メタバースについて私は、魔法の杖のように世の中にAIが広まった時と同じ既視感を感じている。メタバース空間で仮想の土地売買が盛況になりNFT (デジタルコンテンツを唯一無二にして複製できなくする技術、本物である証明などに使う)を使ったオークションで、有名人が最初にツイートしたメモが何千万円で売れたといった「SFチック」な話がばかりが横行し、我々の日常のお買い物と関係ない話だからだ。
また、私自身、VRゴーグル(仮想現実を体験できるメガネのようなもの)を使っているのだが、使っていて重大な点に気が付いた。
VRゴーグルはいくつかのメーカーがバラバラに製品をだしており、私は、有名だったからという単純な理由で、オキュラス・クエストを購入した。だが、SONYや韓国製のものもある。それぞれのVRゴーグルで使えるアプリが違うのである。
私は、自分が住んでいる渋谷を闊歩したかったのだが、オキュラス・クエストにはそのようなアプリはなかった。
つまり、VRゴーグルのみならず、VRの世界は、ハードウェアではなく、ソフトウエアの勝負になるということだ。なぜ、マイクロソフトが8兆円も出して、ゲーム会社のアクティビジョンを買収したのか、その理由がはっきりわかるというものである。
オキュラス・クエストに話を戻せば、確かにジェラシックワールドなどは、一瞬身震いするぐらい恐竜がリアルに襲いかかってくるような感覚に陥るし、米国の有名な歌手のライブ中継を視聴すれば、ノリノリになることができる。だが、身もふたもない話かもしれないが、私はそれほどアメリカの音楽を聴く習慣はないし、同じ恐竜の映像も2回見れば飽きる。
このほか、発展途上の技術だと思うが、企業で使う色々なソフトウエアを統合し、アバターとなって会議室で議論をしたり(社員が全員ゴーグルをもっていることが必要)、データを魔法のように空間に映してプレゼンテーションをしたり、ビジネスオフィスを立ち上げるアプリもあった。今、オフィスを探している私にしてみれば、これは、将来、最も早いスピードで広がり働き方の概念を変える力があるなと感じた。
私は、自身が講師を務める「河合塾」の生徒に、不動産投資は港区にしろといってきたが、それも怪しいかも知れないと思うようになった。まず、このゴーグルが普通のメガネになるだろう。そして、きっと、「オフィス」も要らなくなるだろうし、通勤という概念もなくなるかもしれない。このビジネス分野は、オキュラス・クエスト上では小さいが、Microsoftはこの分野を狙い、同社のTEAMSと融合させ、急拡大をめざすと思う。私にはハッキリ見える。
メタバース内アパレル店舗の致命的な課題とポテンシャルとは
さて、これらを踏まえ、いよいよメタバース内の小売店舗の話をしたい。某百貨店はスマートフォン向け仮想都市空間プラットフォーム内に仮想店舗を営業している。
だが、私の探し方が悪いのか、UIのせいか、そのメタバース内の物販サイトにたどり着くまで、一苦労だった。
さてその仮想店舗は、iPhoneのアプリをダウンロードし、スマホ上に仮想空間を展開し、そこでアバターとなった自分が店内を歩いてお買い物をするというものだ。簡単にいえばゲームのドラクエの感覚だ。私個人の感想としては、思い通りに動かないことにもどかしさを感じるし、接客もウエブでアピールしているレベルにはほど遠いと感じた。
商品陳列も何が置いてあるのかわかりにくいし、さっと(アバターが)手に取ったレディース用のワンピースをみたら一着5万円だ。実際に仮想空間で商品を(アバターが)試着できて(自分自身が)買えるというのは確かに面白いとは思うが、私ならば車でさっと六本木ヒルズにでかけ、セレクトショップでお買いものをするだろう。
この技術は、いまマネタイズするには時期尚早であろう。仮想空間というよりも「漫画のような空間」で、自分とは異なるアバターに似合う服を、自分が本当に買うのだろうか?
ただ、私は、こうした未来志向のトライアルに異を唱えるよりも、応援する立場を取っている。今は、話題性だけで、しかも、誰もが手探り状態でマネタイズの方法を模索している。それでも、少なくともコンバージョンに至る導線仮説ぐらいは持ってから立ち上げてはどうかと思う。今はトライアルと言いたいのかもしれないが、消費者はそうは思わないのだ。「ただの遊びか」と思われてしまえば、二度と戻ってこない。消費者とはそういうものだ。
以上のようにメタバース内での仮想アパレル店舗は、今のままでは、数年ももたず消え去る運命にあると思う。とくに百貨店に関しては、こうした技術を使っても、世界的に見ても高額な販売価格、供給業者との委託消化取引、二重レジの問題など、百貨店の本質的問題解決になっていない。
仮に成功した場合も、それをコスト構造が違うショッピングセンターやZOZOなどのプラットフォーマーが参入してきたらどうなるだろうか。百貨店である必然性はあるのか、参入障壁はどうのだろうか。「メタバースで服は売れる」となれば、アパレル業界は一気に参入するだろう。百貨店の本質的問題を解決せずに技術に頼っても、結局、同列競争となれば、コスト構造が競争を左右することになる。
私は、こうした新しい技術がでるときだからこそ、Friction free、キャズムなど、経営の古典を振り返り、消費者にとって、どんな利便性が高まり、競合(ユニクロや外資SPA)に対し、どのような差別化ができ、また、それが、先日紹介したような参入障壁をどう構築するのか、という戦略立案の基本に立ち帰るべきだと思うが、いかがだろうか。
プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
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