損益計算書しか読めない人が多すぎる
もっとも大事な指標はキャッシュフロー計算書
ビジネスパーソンの中には「損益計算書」(P/L)は読めるが「貸借対照表」(B/S)はサッパリという人が多い。また、「キャッシュフロー計算書」(C/F)ともなると「見たこともない」というのが本音だろう。しかし、会社を経営していく上で最も大事な指標は「資金繰り」と呼ばれる「お金の出入」で、これを本格的にまとめたのがキャッシュフロー計算書である。
資金繰りに困っていない会社は、財務部や経営陣がしっかりしていて無理な投資を抑制する機能やKPIがあるものだ。だから、一介のビジネスパーソンは財務諸表が読めなくても、ただ売上を求めればよいのである。
しかし、日本の97%を占める中小企業は事情が違う。売上5億円〜10億円程度の規模の会社になると、社長でも営業利益と経常利益の違いをわかっていないことが普通だ。私があるビジネス系メディアのコンサルティングに入った時、同社の取締役が「貸借対照表」も「キャッシュフロー計算書」まったく読めないどころか、財務の基本知識さえないのに驚いた。彼らの取締役会の議事録をみせてもらっても、彼らの従業員にたいする声を見ても、「根性論」の域を出ず、まさに「目をつぶって高速道路を走っている状態」だった。企業にとってキャッシュフローはもっとも大事な指標であり、キャッシュフローがよめなければ黒字でも倒産してしまうことがある。今日は、私がコンサルティングをしていく中で最もビジネスパーソンが苦手で勘違いをしている、キャッシュフローと運転資本(ワーキングキャピタル)についてできるだけ優しく解説してゆきたい。
「 運転資本」がマイナスのとき、どうすればよいのか?
キャッシュフローや運転資本を正しく理解するためには、あなたが給与をもらい貯金をする、あるいは散在をするなどをアナロジーとして理解するのがもっとも早い。例えば、あなたの給与が額面で毎月40万円、手取りで30万円だとしよう。この時、あなたが生活するのに必要な家賃、食費、光熱費、各種サブスク費などの総額が毎月合計20万円だったとする。これは、生活してゆくための必要最小限のお金だ。企業でいえば、ものを仕入れたり、従業員に給与を払ったりという特段何も新しいことをしないで、今ある事業をそのまま継続してゆくために必要な資金のことで、これを「運転資本」という。
問題は、この「運転資本」がマイナス、つまり、30万円の手取りで35万円の生活をしている場合だ。
こういう人を会社と見立てると、取り得る打ち手は大きく4通りある。①一つは、給与=売上を増やす。②もうひとつは、お金を借りてしのぐ。③次に、お金を投資してもらう。投資してもらえば、経営権はとられるがお金は返さなくても良い。④最後に、生活を見直して毎月の支出を30万円以下、たとえば、25万円にする、である。(現預金を取り崩すという発想はここでは使わないことにしたい)
欧州の一流大学院のビジネススクールをでたコンサルが、③を選択して、私に出資を頼んできたことがあって呆れかえった。自分の会社の株を渡すから金を投資してくれというのだ。これが、いかに馬鹿げた発想か、みなさんはお分かりだろうか?おそらく、半分以上の読者は分かっていないのではないかと思う。
なぜ、これが問題なのか?
「運転資本に投資はできない」理由がわかるか?
毎月赤字になる、例えば、給与のケースで云えば、毎月5万円マイナスになる人は、一年後には60万円のマイナスになる。そんなところに例えば50万円を投資しても、10ヶ月後には破綻する。簡単な四則演算である。しかし、運転資本がマイナス(ネガティブキャッシュフロー)なのに、投資をしてくれと頼むのである。こんなものは、本で学ぶものでなく、自分の頭で考えれば誰でもわかるのに、それができないのである。
転職して給与を増やすという方法がないでもない。しかし、転職して給与が増える=業務改革をして売上が増えるというのは、今の時代とても難しいし、むしろ給与が下がる可能性さえある。
したがって運転資本がネガティブキャッシュフローの場合、すべきことは④である。生活を見直し、自分の身丈にあったコストダウンをすることで、キャッシュニュートラル、あるいは、ポジティブキャッシュフローにすることが重要なのだ。
ここではじめて、自分の力で生きてゆける土台ができあがり、多少だが貯金もできるようになる。こういう状態になってはじめて、時間を買うため、あるいはビジネスチャンスをものにするため投資や融資を募るわけだ。私が、企業改革を「ブランドで競争する技術」で、一枚目は必ずリストラでなければならないと説くのはこれが理由である。
したがって今、「ようやく連続赤字から脱却、完全復活した!」と報じられているアパレル企業も、売上が横ばい、あるいは、上昇していなければ、いつか必ず行き詰まる。その時間軸は持っているキャッシュの量に依存するため、リストラと売上ダウンを繰り返し、有利子負債の増加で最後は死に絶えるのだ。本当に会社が復活すると言えるのは、売上が横ばい、あるいは右肩上がりになってからである。私は、この簡単なロジックを理解しているビジネスパーソンに出会ったことがない。運転資本の不足分を補填するための投資、融資はあり得ない。リストラをし、次いで売上を横ばいか右肩上がりにすることを第一にすべきで、そのために必要な投資があれば(例えば大リストラをして、新たなオペレーションのためのシステムを導入する)成立する。
したがって、再生(ターンアラウンド)型のファンドがリストラをするのは必然なのだ。それをファイナンスの知識が無いばかりに、あそこは「人権派だ」「ハゲタカだ」となんの根拠もなく話す人が多いのに呆れかえるわけだ。
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キャッシュフローの中身を正しく理解する
さて、こうした自助努力をし、運転資本をニュートラル、あるいはポジティブにし、売上を横ばいにすることに成功したら、いよいよ、投資フェーズに移行する。その投資戦略如何で投資家ははじめて資金を投下することになる。
キャッシュフローには3つがある。一つが営業キャッシュフロー、二つ目が投資キャッシュフロー、そして最後に財務キャッシュフローである。なんだか難しそうだと見えるが、考えてみれば、これも至極当たり前のことをいっているだけで、何もむずかしくない。
営業キャッシュフロー
給与の例で云えば、あなたは手取り30万円のなか、生活を切り詰めて毎月25万円で生活できるよう工夫した。毎月5万円の貯金ができる。気分も前向きになったので、会社の中で大きなプロジェクトに手を上げた。会社は、そのアイデアに数百万円の資金を準備してくれた。あなたは、そのお金を有効に使い、大成功をした。
するとあなたは、毎月の手取りに加え、ボーナスとして一年間に60万円もらえることになった。月になおすと毎月5万円だ。これが、営業キャッシュフローだ。営業というと、一般ビジネスパーソンは、「企画」「生産」「販売」の販売の部分で、英語で言えばSellingと勘違いしがちだが、会計の世界では、企業活動そのものを営業という。営業活動といえば、会社が回っている状態だ。そこに、あなたは会社の期待を見事に上回る結果を出し「営業」で現金の「入り」をプラスにしたのだ。これを営業キャッシュフローといって、売上が右肩上がりであれば、必ず貯金できるお金は増えてゆき、運転資本にも余裕がでる。
投資キャッシュフロー
次に投資キャッシュフローだ。あなたは、このプロジェクトを成功させるため、ビジネス書を10冊買って、仕事後には「河合拓の夜間講座」も受講した。併せて20万円かかった。しかし、その結果、頭の中が整理できプロジェクトもロジカルに進めることができて60万円の営業キャッシュフローを新たに生み出したわけだから、この投資は成功したと言える。これに対してよく似た言葉に「投機」「消費」というものがある。
この違いがわかるだろうか?
「投資」と「投機」の違いがわかれば
投資キャッシュフローの本質がみえる
「投資」と「投機」はよく混同されがちだが、投資というのはしっかり学び、正しい知識でやれば、ほぼ100%に近い確率で成功する。一方、投機は勝つか負けるか(金を増やすか、減らすか)は神のみぞ知る。いわゆる丁半博打だ。私は「投資」はやるが「投機」は絶対にやらない。過去潰れた商社はみな「投機」に手を出したからだ。
例えば、「FX」や「仮想通貨」について考えてみよう。私は、これらを「投機」だと思っていて、投資だと思っていない。理由は、為替の変動は円高に振れるか円安に振れるかは絶対に予想できないし、仮想通貨もあらゆる群衆が宝くじを当てるが如く売り買いをしているからだ。しかし、株式は企業のファンダメンタルを見て、その企業のビジネスモデルをみれば、今の株価が安いか高いか分かる。ビジネスモデルを見るのは本業だから、私にはよくわかる。もちろん、不測の事態がおきて予想が外れることもあるが、ビジネスモデルがしっかりしていれば、必ず「神の見えざる手」によって株価は本来あるべきところに落ち着いてゆく。だから、私は株式投資でも短期売買を繰り返すテクニカル投資はやらない。給与のケースでいえば、自分の知識のなさを有名な書籍で補い、アウトプットの機会を「河合拓の夜間講座」でしごいてもらえば、一定確率でビジネスリテラシーが上がる。なぜなら私は、過去50社の企業を赤字から黒転させた経験をもつ実務家だからだ。
財務キャッシュフロー
最後に、今貯金が5万円しかないのだが、書籍や「河合拓の夜間講座」の10万円を払うには5万円足りない。次の給与が入れば5万円の営業キャッシュが入ってくるのだから、あと10日待ってもらいたいが、「河合拓の夜間講座」は人気で、1ヶ月前に募集人数がうまってしまうほどだ。この場合、5万円を10日間「貸してもらう」ことになる。(ここでは金利などは無視するとする)この5万円を借りて、キャッシュを増やす行為、そして、その5万円を10日後に返済する行為を財務キャッシュフローというのだ。
つまり財務キャッシュフローがプラスというのは、何らかの手段によりキャッシュを外部から調達(借入)したことであり、財務キャッシュフローがマイナスというのは借入を返済した(社債の償還や配当金の支払いなどでもマイナスになる)ということなのである。
どうだろうか。本業で稼いだお金を営業キャッシュフロー、将来の営業キャッシュフローを増加させるものが投資キャッシュフロー、そして、一定期間お金を借り、そして、返済するお金の出入りを財務キャッシュフローといって、こうした活動の結果、できあがった貯金(この場合返済が済めばゼロになる)をフリーキャッシュフローというわけだ。そして、この営業、投資、財務のキャッシュフローをすべて足したものが「資金繰り表」といって、これがマイナスになれば、この状況が続けば企業はいずれ破綻する。
P/Lをみて、黒字だ、赤字だと一喜一憂するまえに、企業がだしている「キャッシュフロー計算書」をしっかりみて、メディアが騒いでいるものが正しいものか否かをしっかり見てもらいたい。
なお、本日は「本質的なコンセプト」を分かりやすく解説するため、現在価値や金利、不確実性などファイナンスで用いられる難解な概念はあえて切り捨てた。基礎をしっかりと理解してほしいからだ。
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プロフィール
株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。
著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「
筆者へのコンタクト
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