やや古い話だが、今年3月10日、イトーヨーカ堂が衣料品事業からの完全撤退を決めた。同社は長らく試行錯誤を繰り返しながら衣料品改革に取り組んできたが、その確かな成果を上げることができずにいた。そして親会社であるセブン&アイ・ホールディングスが、ファンドの圧力もあり、「コンビニ集中」戦略に舵を切る中、結論としてこのたびの衣料品事業からの完全撤退となった。
実は今から5年ほど前になるが、私も競合大手総合スーパー(GMS)の衣料品改革を行っていた。今回はその時の話を書きながら、GMSの衣料品についての結論を共有したい。
「魚や野菜と一緒の売場でファッションが売れるはずがない」
どでかい半円形の机を囲んで、クライアントからは取締役含め15人が、そして、こちら側からはマネジングディレクター、そして、幾人かのエキスパート(私も含めた衣料品のプロと称する人だ)が出席した。
「それで、君たちからの提案はなんだね」とクライアントが我々に聞く。
「我々は、
誰もが同じことを考えているのに、エセ・コンサル(私は自分自身に哲学も理念もない、クライアントの言葉に迎合するだけで売上を取ろうと考えているコンサルどもをエセ・コンサルと呼んでいる)達は、「はー、それはとても有意義なことですね。私たちはデジタルの側面から衣料品売上向上にお役に立てると思います」と忖度して言葉を返した。
このやりとりに絶えられなくなった私は、
「これは、何をやっても無駄です。そもそも、貴方たちはファッションというものを分かっていない。ファッション衣料品は、魚や野菜と一緒の売場に置いていて買うはずがないのです」と云った。一瞬、参加者全てが凍りついたように動かなくなった。
私は続けた。
「そもそも、SPAという言葉の本当の意味を考えてみてください。これは、Specialty store of Private brand label Apparelの略で、商品責任はブランドホルダーつまり店が持つ、衣料品のみを扱う専門店という意味です。高級な講師をやとって勉強会をしているようですが、話がズレています。魚や野菜、コメ、水と相性がよい『いとへん』は下着やタオル、靴下などで、アウターはこれ以上伸びません」と。
私は、コンサルというものは時に相手の耳が痛いと思うことでもストレートに言うべきだと思っている。というのは、エセ・コンサルがクライアントに入り、どんどんクライアントとともに悪い方向へ、悪い方向へと突き進んでいく様をみてきたからだ。戦略の意味さえ不明瞭でクライアントを「死の谷へ突き落とす」ようなことを平気でやっているのである。クライアントの要望はしっかりと聞くが、時にそれらを整理し、修正しながら「正しい方向」へ、クライアントを誘うことがコンサルタントの正しい仕事なのだ
肉や魚は必需品、ファッションは必欲品
この2つは同居しない
さて私が、「魚や野菜とファッション衣料は同居しない」という結論に達したのは、この時からさらに遡ること5年、今から約10年前のことだ。ある財閥系商社に頼まれ、OEM先のGMSの「平場改革」という名のカイゼンを手伝っていた。その商社は、西のアパレルの帝王ワールドに複数の専任人員を送り込み、今で言う常駐ビジネス(後に、ユニクロに採用され業界スタンダードとなった)を展開し、ワールドのクイックレスポンスに対応していたのである。これをこのGMSに導入すべく、新しいブランド企業を立上げ平場に展開したものの、惨敗していた。そこで、ターンアラウンドの名手ということで私が傭兵されたのである。
要因と勝ち筋を分析するため、私はあらゆる調査を行った。そこで、ハッキリとでてきたのは、いわゆる商品には、「必需品」と「必欲品」があり、野菜、コメ、水などは「必需品」で、ファッション衣料は「必欲品」であるということだ。そして、私が当時在籍していたカートサーモン社では、必需品事業をハードラインビジネス、そして、必欲品事業をソフトラインビジネスと呼び、私は必欲品事業のトップを担っていた。
海外では、この「ハードライン」、「ソフトライン」は別物として扱われ、KFS (成功の鍵)も違うといわれている。当時私はその商社に乞われて、その商社の人間とともに出資先の改革を行う、という私が「ブランドで競争する技術」(ダイヤモンド社)で書いた「商社2.0」のビジネスモデルの検証を行っていた。
しかし、その商社からは「本件は、私たちがワールドで成功した手法だからスーパーマーケットでも通用する」という理屈の元進めていたものだった。だから私には、「それが間違っているという診断結果はださないでいただきたい」というリクエストもあった。
一方私は、当時から調査・分析して明らかになった事実を隠蔽、あるいは違う結論を見せることはコンサルとして死を意味するという信念に似たものがあった。
そこで自身の信念と商社からの依頼が矛盾することがないよう、調査・分析フェーズを外に見せることなく、ただその結果を踏まえて、マルイ支援時に著しい成果を上げた「店頭のモチベーションアップ・プラン」を実行したのである。
マーチャンダイジングにも、もちろん問題はあった。しかし、マーチャンダイジングも政治的意味合いから触れてはいけない聖域だった。本質的な部分に手を下すことを禁止され売上を上げるというかなり難易度の高いプロジェクトだったのである。
毎週のように東北から名古屋、関西まで店という店を訪問し、店長会議で「一週間前と比較して最も成長したチーム」「売上高のコスト費率が最も低いチーム」「売上の絶対額が大きいチーム」など、評価を一律にせず、その店が置かれた状況にあわせてKPIを変えて改善を図っていった。忙しい社長のビデオメッセージも録画し、店長会議で放映しながら、私の講演も実施し、ナレッジマネジメントを繰り返していった。
その結果、全店舗で売上はなんと15%も伸び、なかには30%も超えた店舗もあった。大きな成果を上げたと言えるだろうが、現実に「利益を出す」という観点からいえば、実はそもそもがムリな課題であった。なぜならブレークイーブンに持っていくまで、40%の売上アップをしなければならなかったからである。
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西友から生まれた「無印良品」だけが成功した理由
『ブランドで競争する技術』では、「西友」のプライベートブランドであった「無印良品」が、なぜ今や世界ブランドになったのかを、あらゆる関係者のインタビューを元に作成・分析し結論を導き出した。
それが「出島理論」である。GMS本体から切り離し、無印良品は出店、採用、システムなどを独自に開発したことと、ハッキリとした世界観をもっていたことが理由で、世界企業にまで上り詰めたのである。「いわゆるスーパーのブランド」が格好良くなったもの、というコンセプトが受け入れられたのである。その後、私は大手総合商社、大手ファッションビルで「出島理論」を使い企業再建に成功していた。
その時われわれは、あらゆる調査を行い、「必需品と必欲品は同時に売れない」という結論を導き出した。
そもそもGMS (General merchandized store: 日本では「総合スーパー」と訳されて具体的には、日常で必要とされる商品を、幅広く取り扱っている大規模な小売店をいう)自体を変えずに、SPA(アパレル専門店)を習っているとは滑稽以外のなにものでもない。このあたりは、「良品計画」が世界企業になった理由を失敗事例も含め非常に詳しく書いているので、ぜひ「ブランドで競争する技術」を読んでいただきたい。
話を、冒頭の会議に戻す。実は、私が発言したことはクライアント以外の誰もが感じていたことだった。しかし、この一言はなんと10年以上、誰も口にせず放置されていたし、そもそもGMSに入社する人は、私のような、いわゆる「アパレルバカ」ではない。だから、必需品も必欲品も同じように考えるのだ。
しかし、必需品は「商圏内の胃袋の大きさ x 胃袋の数 – 競合に奪われる客数」という公式から安定した数字を計算で算出することが可能だ。したがって、フードロスのような指標もあるにはあるが、アパレルのように残品率(KPIの一つで、総仕入で売価変更をしても売れ残る売上比率)30%で、20%も破棄損が残るなどということはない。
また、例えば魚のように、売れ残って新鮮さが落ちてきたら、刺身や焼き魚に加工して売り切るということもアパレルではしない。アパレルのような必欲品は、リスク回避は受注生産しかないのだ。なぜなら、商品が持つアトリビューション(その商品の価値を決定つける要因)が、デザインにあるのか色にあるのか、価格にあるのか、機能にあるのか、さらに細かく分析してみなければ分からないからだ。単純な必需品と違い、戦略変数が圧倒的に多いのである。
アパレルビジネスの本質は「古代ギリシャ」に遡る
また、アパレルビジネスを構成するものとして、「空間 VMD」「商品、流行」「店員、接客」の3つがある。私はこれをギリシャ哲学者アリストテレスが提唱したエトス、パトス、ロゴスのフレームを使って説明している。
エトスとは信頼性、パトスとは共感性、ロゴスとは論理性という意味だ。これは、相手に納得してもらい、信頼を得ること(=エトス)、そしてこちらの想いを伝えること(=パトス)、できるだけ分かりやすく伝えること(=ロゴス)で相手が動くという考え方だ。
つまりエトスとは「ブランド」(信頼)であり、パトスとは(共感)で、ロゴスが接客(言葉)なのだ。必欲品であるゴルフシャツが欲しい人を例に考えてみよう。人は、「ゴルフシャツなら、このブランドにいけばいいものが売っている」と、例えば、オンワード樫山の組曲を見に行き(エトス)、商品をみながらその格好良いディスプレイにシビれ(共感)、販売員の接客で、例えば、「このウエアはノーアイロンでピンピンになりますよ」という接客を受けて購買するわけだ。
つまり必欲品を買うときは人は、オケージョン(どこに来ていくか?それはパーティーか、授業参観か、旅行かなどの非日常着)をイメージ想起する。一方で、必需品はどうかといえば、「晩ご飯は何にしようか」「人が来るからUber Eatsで頼もうかしら」など、想起するイメージが日常的なのである。これが、アパレルなどの必欲品が、魚、肉、コメなどの必需品と共存しない最大の理由だ。
しかし、唯一の例外はある。それは、「肌着や靴下」などである。実際、イトーヨーカ堂は2026年2月期までに、自社の紳士・婦人・子供服から撤退し、肌着と衣料品テナントのみとする方針を出しており、私の理論に合致する。
忖度漬けで過ぎ去った10年
しかし、問題はそんなところにはない。問題は、幾度もこの巨大クライアントからデカい儲けを考えていた商社の連中は、「野菜と服が一緒に売れるか」と心では思っていながら(もちろん、上記のエトス、パトス、ロゴス理論などは分からないのだろうが)、それをキチンと公の場で発言しなかったことである。そして、衣食住といわれるわけだから、「衣」だって「食料品」や「住居品」と同じだろうという、何も考えず、何も感じないサラリーマン集団になり、「やれない理由を探す前にやれる理由を見つけろ」とばかりに、何年も商社とともに莫大な投資を行っていたGMS自身の責任でもある。
私は当時から、GMSがすべき衣料品は、下着か靴下、タオルなどだ、とハッキリいっていたが、「それは禁句だ」と発言させてもらえなかった。「ユニクロだって、下着屋から総合ファッション衣料品になれたではないか」と彼らはうそぶきながら、一度走り出したら、スピードを上げれば上げるほど周りの景色がみえなくなりブレーキを踏めなくなったのだ。
だから、2023年の今になって、ようやく私が10年前に言ったことと同じことが起こり、むしろ恐ろしささえ感じるのだ。セブン&アイ・ホールディングスは外資アクティビストによってコンビニ集中戦略を推進しているため、このような結果になったのだろうが、もっと戦略思考がハッキリしていれば、そしてエトス、パトス、ロゴスの意味を理解し、人間が行動する本質的な原理を、論理的に考えていれば、結論はもっと早く出せていたはずである。その場合は撤退だけでなく、本体から独立するかたちで、無印良品のような生活全般をファッション提案する業態という選択肢も選べたはずである。
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プロフィール
株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。
著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「
筆者へのコンタクト
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