「アマゾンと楽天さえあれば買い物は十分」な時代
「ソフトバンク、ヤフーの新流通革命」オンライン特別編集版、第4回。流通業界において、ソフトバンクグループ(東京都:以下、SBG)の孫正義会長兼社長を頂点とする“ソフトバンク陣営”の存在感が大きくなってきている。第3回はネットガリバーの戦略を読み解くとともに、ECの分野で後発企業がどのように参入すべきかをまとめることで、後発ヤフーが打つべき手を浮き彫りにしたい。本論考は筆者である河合拓氏が、ターンアラウンドマネージャーとして20年の経験と、30年の小売事業の経験が元になっている分析仮説である。(第5回は12月5日に公開)
ECの戦いから、リアル含めた総合戦へ
私は、10月29日公開のダイヤモンド・チェーンストアオンラインで、「2020年はTOB元年となる」と予言した(「ZOZO買収」後の世界を読む ヤフーも楽天もリアル店舗買収に進むこれだけの理由)。その理由は、縮小する市場で売上を上げるためには、すでに売上をもっている企業と提携をするか買収をする以外に方法はないからだ。今回のヤフーとLINEの件についても、消費者から見て決済や携帯キャリア、ECや金融など重複機能が多く、これらを一つにまとめて顧客データを統合することは、きわめて理にかなっており、さして驚く話ではない。これからも、同一機能を持つネット企業の統合やM&A(合併・買収)は進み、巨大帝国構築に向けた戦国時代の幕開けとなるというのが本論考の趣旨だ。
しかし、こうした重複機能の一体化には限界があるし、自助努力で成長した企業と比べ、つぎはぎだらけの企業は、結果的に当初描いていたとおりの帝国構築にはほど遠い姿になるのが通例だ。
また、企業の文化統合は、医療の臓器移植のようなもので長い年月をかけて融合していくものである。ヤフーとLINEの統合は、彼らを瞬間的に国内ネット企業として日本一の売上に押し上げるが、後述する技術連携の課題もあり、真の帝国になるにはまだまだ時間がかかるというのが私の見立てである。したがって、これからのネット企業は、重複機能を一本化し、顧客データを統合するエクスパンド型のM&Aが増えていくが、M&Aにより売上は上がるものの、収益化に成功するわけではない。こうした統合戦略を成功に導くためには、これら企業群が持つ技術やサービスについて、そして、EC戦略の理解が必要である。
まずはインターネットの世界における戦い方を正しく理解することから始めよう。
1996年、「Yahoo! JAPAN」(以下、Yahoo!)は日本で、検索サービスとしてインターネットの世界に華々しくデビューした。当時のYahoo!の検索サービスは、「ディレクトリ型」と呼ばれた階層構造で、1日に20億PV、登録サイト数80万以上もあるサービスだったが、このディレクトリ型検索エンジンは、18年に終了となった。
Yahoo!検索サービスを地獄の底へたたき落としたのはGoogleだった。「ディレクトリ型」というのは、人間がものごとの整理に使う考え方で、大きな箱の中に、徐々に小さい箱を入れ、最後に目的のものにたどり着くというものだ。これに対して、Googleはデビュー当初から「ロボット型」と呼ばれる、まさに人智を超えた検索エンジンとも言え、その精度は「ディレクトリ型」を圧倒するものだった。
「ロボット型」というのは、簡単にいえば、広大なインターネットの海原を人間ではなく、ロボット自ら泳ぎまわり、サイトを見つけては、類似するサイトや異なるサイトを自ら仕訳し、24時間365日休みなく宇宙遊泳のようにネット世界を泳ぎ回り、検索サイトを自動でつくり上げる仕組みである。
結局、Yahoo!もその技術を活用せざるをえない状況に追い込まれたわけだが、「Googleが存在感を出したのは、単に検索精度がYahoo!より高いから」という一般通説とは異なる見立てを私はしている。
それよりも、ネットの世界における戦い方に対する理解と正しい戦略があるかどうかの違いだったと考える。
後発企業のEC参入戦略は“連携性”
敗者と勝者とを分けた、Y a h o o !とGoogleの戦略の違いは技術連携性である。たとえば、今では当たり前だが、Googleのウェブサイトに登録すれば、さまざまなアプリの面倒な登録を省略することができ、「Googleカレンダー」や「Gmail」なども使える。また、S N Sの最終兵器と呼ばれる「YouTube」にも連携する。こうしたアプリ間連携によって、多くの人はいつしかPCの中はGoogle一色になっていった。
このようにGoogleは、卓越した戦略で、無敵といわれたMicrosoftの牙城を覆していった。その闘いぶりは、まさにオセロゲームそのもの。絶対に取られない四隅を奪い、そこから駒をひっくり返すのが戦略の定石だ。
私は、こうした各社の戦いとその勝敗をつぶさに分析し、ネットという主戦場の特殊性と戦略を、拙著『ブランドで競争する技術』(ダイヤモンド社 12年発売)に、「後発企業のEC参入戦略」と称して書き記した。
そこでは、キラー商品を巨大ECモールにぶち込み、顧客と商品をバインディング(結びつけ)し、一気にECモールでの出店を止めて、自社サイトに顧客を根こそぎ持ち込む戦略を提唱した。実際、ある新興企業は、大ヒット商品である激安女性向けスーツを巨大ECモールで大きくアピールしたあと、自社ECに誘導して大成功、上場を達成した。これは、Googleの戦い方からヒントを得た。
しかし、私の助言を正確に理解した管理者、企業は少数派だった。当時から、そして、今でも、巨大ECモールにでれば売上が上がる、という発想が主流だ。当たり前だが、人口減少が進む日本で持続的成長を進めるためには、商品を販売することよりもむしろ、たくさん買ってくれる顧客を囲い込むことのほうが重要だ。残念ながら、当時のYahoo!にも、こうした技術連携、アプリ連携、そして、後述する商品連携は見られなかった。個別サービスがバラバラに存在し、せいぜいポイントが共通化できる程度だった。それは、まさにオセロの負け戦そのものだった。
空中戦を繰り広げる3社の戦略を分析
時代は、地上戦(リアル店舗の世界)から、空中戦(インターネット・E Cの世界)、そして複合戦(オムニチャネル、リアル店舗とインターネットに境目がなくなり融合する世界)へと移り変わり、地上戦の覇者であるセブン&アイ・ホールディングス(東京都/井阪隆一社長)とイオン(千葉県/岡田元也社長)に対し、空中戦の覇者である楽天とZホールディングスに、世界企業であるAmazonが加わり、日本市場で世界大戦が起きることは、こうした戦略を紐解けば必然的帰結である。
したがって、空中戦が得意な3社(楽天、Amazon、Zホールディングス)は、地上のリアル店舗にM&Aをしかけ複合戦の闘いを挑み、20年はTOB元年となる。数年遅れて米国の事例が日本に来るという定説に従えば、Amazonは17年にホールフーズを買収したし、日本でも19年、ライフコーポレーション(大阪府/岩崎高治社長)と手を組み複合戦の闘いを挑んでいる。
こうしたなか、現時点における1つの重要な事実を紹介したい。それは、私が昨年行った調査結果によれば、消費者の多くがAmazonと楽天の2つのプラットフォームで買物は十分と考えている点だ。
私の自宅では、夕方にワインが飲みたくなったら当日の夕食時に届くという信じられないサービスまでAmazonでは展開しているし、家電にしてもめぼしいものは大手家電量販店よりもAmazonのほうが安く、かつ、翌日には配送無料で家に届く。
Amazonで買わない理由があろうか、と混乱するほどだ。“ 神サービス”ともいえるAmazonに、楽天が加われば、一見、以前からのサービス利用者の維持深耕を除けば、ヤフーにはこの競争に入り込む隙間はないように見える。それほど、Amazon、楽天の牙城は盤石で、両者は顧客を離脱(顧客をほかのサイトに奪われることを意味する専門用語)させないよう、ありとあらゆる商品とサービスを連携させているのだ。それは、先述した無敵のMicrosoftに一泡吹かせた、Googleの「技術連携」と同じ発想なのである。
こうした鉄壁の牙城を崩す方法は、実は1つしかない。キーワードは今回説明してきた「連携性」だ。具体的には、「キラーアイテム」(誰もが必ず買う商品)、「キラーサービス」(誰もが必ず利用するサービス)と連携させ、オセロのように敵陣の弱点をつき駒をひっくり返すという戦略である。この詳細を第5回で解説していく。
※本特集は『ダイヤモンド・チェーンストア』誌12月1日号特集から一部コンテンツ抜粋の上、加筆・再編集したものです
河合 拓
事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー ハンズオン型事業再生、再建を得意とし、これまでに国内外で再建に成功した企業は50社を超える。最近の事例では、マイナス100億円の赤字企業を一年で黒字化し、成長軌道に乗せるなど、アパレル企業再生の第一人者。執筆、講演も多く、代表作「ブランドで競争する技術」はアジアでも出版され知名度は高い。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)