ユニクロがデジタル人材に年収10億円を払う理由と時代遅れのKPIが余剰在庫を量産する事実
やりたくてもできなかった顧客ベースKPIとデジマ解禁のトリガ
バブル時代、衣料品の主販路は百貨店であり、その顧客データは百貨店の資産であり、テナントであるアパレル企業はどうすることもできなかった。その後、ショッピングセンター、ファッションビルが増え、アパレル企業による「直営ビジネス」が広がった。さらにEC化が進み、リアル店舗で戦うアパレル企業もEC比率を高め、カタログ通販の「顧客管理手法」をより発展させたファネル分析や、失注分析、リスティングやレスポンスレートなど高度な分析が可能となった。
さらに、テクノロジーは進化し、リアル店舗でもAI設置カメラによる顧客の動態解析により、ほとんどECと変わらない、入店、失注、コンバージョンなどのデータが細かくとれるようになった。
それにより、百貨店もハウスカードを解禁し、セール前のテナントごとの売変の実質自由化も容認。そして、とうとう最近では、顧客データのデベロッパーへの開示の道を歩むようになってきた。ようやくB2B事業を繰り返してきたアパレル企業においても、ビッグデータと調達データを結びつける「Digital MD」の素地ができあがったわけだ。
こうして、「データベースマーケティング」の素地は整ってきたわけだが、アパレル企業が相当高度なことをやっているのかというとそうでもない。上記のように、B2Bアパレルにとって「汚れたデータ」がようやく溜まったレベルだし、正確なデータが溜まっているECは売上の20%程度(一部40%というテナントもあるが)だ。しかも、リアル店舗とECでは買い物をする客筋が異なっており、このファッションビルの場合、年齢が10歳も違っていた。したがって、まことしやかにいわれる「ECでテストマーケティングをやって、リアル店舗に生かす」などというのもしっかりとした検証が必要である。
「うちの会員は50万人」発言はその中身を疑え!
「うちの顧客会員基盤は50万人だ」と、豪語しているアパレル企業がある。だが、きちんとした顧客管理を行っていない企業は、データベースにいれられた総顧客の60%程度が「Dead」(すでに他のブランドへ逃げた客)という場合も多く、そもそもその意味すら理解できていない企業もある。データベースマーケティングに不慣れなアパレルは、反応がなくなった顧客を「休眠顧客」、あるいは「停止顧客」などと都合の良いように解釈し、依然、顧客を自らのアセットと考えている。だが、「逃げた女房は帰ってこない」がごとく、一度離脱した顧客は、ほぼ戻ってこない。むしろ、新規未開拓市場から流入を増やす方がCPA効率は高い。これは、実際に自分のお買い物体験を考えてみればわかるが、好きだったブランドから何かの理由でブランドスイッチをした場合、元のブランドを買い始めることはまれだ。
また、ウエブによるCPA効率も、リアル店舗があるエリアとそうでないエリアでは全く違ってくる。「実際にものを触ってみないと買えない」というのは古い考えで、いまはそんなことはないと言う人も多い。だが実態は、当日、お買い物をするかどうかは別にして、やはりリアル店舗で商品やブランドの世界観を体験することが購買に繋がっている。脳内に世界観が蓄積され、一息付ける夜9時ごろにウエブを使って女性のお買い物がスタートするのだ。こうしたことは、実際にデータをさわり、自分で仮説をたて、四苦八苦しなければ本質が見えてこない。今までのマーケティング分析となんら変わらないものなのだ。
ボタンを押せば、AIが目から鱗のマーケティング戦略を描いてくれるというのは真っ赤な嘘。システムは (いまのところ) 所詮ツールに過ぎないのである。2045年のシンギュラリティーの話などに異常に詳しい人にも会ったが、こういう人は、「今の技術限界」と「将来の技術の可能性」を混同して話している。この手の人に共通しているのは、自分で手を動かしていないということだ。
早くも3刷!河合拓氏の新刊
「生き残るアパレル 死ぬアパレル」好評発売中!
アパレル、小売、企業再建に携わる人の新しい教科書!購入は下記リンクから。
河合拓のアパレル改造論2022 の新着記事
-
2023/01/24
「大ディスカウント時代が到来」 この意味が分からないアパレルの未来は悲観的な理由 -
2023/01/17
H&MやZARA等が原価下回る価格で取引を強要 SDGs時代にこんなことが起こる必然の理由 -
2023/01/10
ビッグデータを制する企業が勝利する理由と、M&Aできない企業が淘汰される事情 -
2022/12/27
2023年のアパレル大予測 外資による買収加速・DX失敗・中国企業に完敗、が起こる理由 -
2022/12/20
中国企業傘下の仏メゾン「ランバン」米国で上場 いまや中国企業に追いつけない理由 -
2022/12/13
過去のヒットからAIが予測し売れる服を自動生成!?アパレル業界の課題とこれからとは
この連載の一覧はこちら [55記事]
ファーストリテイリング(ユニクロ)の記事ランキング
- 2024-09-03アローズにビームス…セレクトショップの未来とめざすべき新ビジネスとは
- 2023-08-28ユニクロと東レとのサステナブルな関係から生まれたリサイクルダウン
- 2024-01-02勝ち組はSPAではなく「無在庫型」へ 2024年のアパレル、5つの受け入れ難い真実とは
- 2021-03-05ビジネスは「一勝九敗」 ファーストリテイリングを世界的大企業に導いた“柳井哲学”
- 2024-11-16ファストリが3兆円突破!24年8月期決算で語られた今後の成長戦略
- 2021-05-04大丸、三越伊勢丹…誰も語れない百貨店分析 政府の施策が百貨店を殺す「本質的理由」
- 2021-05-18全産業中ワースト2位の不都合な真実、アパレル業界の環境破壊と人権問題を解決する方法
- 2022-01-11ZARAとユニクロだけがなぜ余剰在庫を撲滅できるのか?本人達も気づいていないメカニズムとは
- 2022-05-03ユニクロ独走の秘密は販管費にあるのに、原価削減を繰り返すアパレルの実態とは
- 2019-04-12柳井正が語るユニクロ「働き方改革」の真価
関連記事ランキング
- 2024-12-10ワールドが三菱商事ファッション買収!進むアパレル垂直統合、2つの課題とは
- 2024-11-26イタリア繊維産業に学ぶ、高くても売れるビジネスの秘密とは 染めと売り方が段違い
- 2024-12-03ユニクロ柳井会長がウイグル綿花不使用発言に至った理由と影響、その複雑な背景とは
- 2021-11-23ついに最終章!ユニクロのプレミアムブランド「+J」とは結局何だったのか?
- 2024-09-17ゴールドウイン、脱ザ・ノース・フェイス依存めざす理由と新戦略の評価
- 2023-08-08EC時代にスクロールとベルーナだけ好調 生き残るカタログ通販、死ぬカタログ通販
- 2024-11-19ユニクロ、開始から7年で明らかになった有明プロジェクトのいまとすごい成果
- 2024-12-17あなたはいくつ備える?AI時代に生き残るビジネスパーソン3つの条件とは
- 2024-09-03アローズにビームス…セレクトショップの未来とめざすべき新ビジネスとは
- 2023-09-26無印良品の一部となる三菱商事ファッションとユニクロ:Cの成功が意味することとは
関連キーワードの記事を探す
あなたはいくつ備える?AI時代に生き残るビジネスパーソン3つの条件とは
VTuberビジネスに学ぶ、小売業を高収益化する「レバレッジ」の掛け方
ワールドが三菱商事ファッション買収!進むアパレル垂直統合、2つの課題とは
ファストリが3兆円突破!24年8月期決算で語られた今後の成長戦略
「亜熱帯化」でも売上を伸ばすユニクロ、伸び悩むアパレルとの違いとは
ユニクロが中間価格帯になったことに気づかない茹でガエル産業アパレルの悲劇_過去反響シリーズ