中国ITの巨人・アリババに吹きすさぶ逆風 ジャック・マーの”雲隠れ”よりも注目すべき重要な論点とは?
大打撃を被ることになったアントグループのキャッシング事業
しかしこれによって、ビジネスモデルの変更が不可避な情勢となったのが、アントグループの重要な収益源であるキャッシングサービス「借唄(Jiebei)」である。アントグループでは、同社の決済サービス「アリペイ」ユーザーの信用情報をスコアリングし、それをアリペイのプラットフォームに参加する金融機関に提供している。それにより、キャッシング事業を効果的に運用してきた。同時にABS(Asset Backed Security:資産担保証券)を活用することでオフバランス化を実現し、高レバレッジを活用した効率的なビジネス成長を実現してきたのだ。
しかし今回、アントグループが金融機関に指定されることで従来のビジネススキームにメスが入ることとなり、アントグループが以前のような成長スピードを維持できる可能性は極めて低くなったととらえられる。今後は金融規制の枠内で成長軌道を描くことを余儀なくされ、アントグループが革新的なビジネスモデルのもとで期待された時価総額を実現するためには、多くの時間と労力を必要することになりそうだ。
その一方で、国内経済のリスクをコントロールしなければならない中国金融当局の立場からすれば、早い段階で将来大きな不安要素となりかねないリスクを上場前のギリギリのタイミングで対処できたことになる。それはそれで、投資家保護の観点からすれば正しい判断だったとも言えるだろう。
アリババ全体の成長にも陰りが…
さて、アリババ本体の成長についても気になる点が存在する。それはアリババグループの本丸とも言えるEC領域での最近の動向だ。
まず株価動向を確認しておきたい。アリババの株価は20年1月時点で238ドルほどであったが、1年後の21年1月15日時点でも242.6ドルとほぼ横ばいなのである。多くのIT企業がコロナ禍を上手に乗り切り成長を実現しているなか、アリババがコロナ禍で株価上昇を達成できていない点を不思議に感じる人も多いのではないだろうか。
実際、アリババのライバル企業たちの株価は好調に推移している。例えば京東(JD.com)は、とくにハイエンド市場での堅実なアフターサービスや物流網の強さでユーザーの支持を拡大。株価は20年1月時点の39ドルから87.77ドル(今年1月15日時点)2倍強の躍進を遂げている。
さらに、EC業界3位の拼多多(Pinduoduo)に至っては、20年1月時点で38ドル程度だった株価は161.2(1月15日時点)2/1/15)ドルと4倍以上の上昇を見せている。この株価上昇には数値的な裏付けもある。拼多多の2020年第3四半期(7~9月)を確認すると、アクティブバイヤー数は同年9月末時点で7億3100万人に達し、直近1年間で2億人増加(36%増)。流通取引総額(GMV)は対前年比73%増、営業収益は同89%増と驚異の成長を遂げている。
もっとも、アリババも同時期(7~9月)には売上を29%伸ばし業績好調を維持しているが、勢いは拼多多に分があると言える情勢なのだ。
実は、筆者もコロナ禍において初めて拼多多を活用したが、リーズナブルな価格設定にも関わらず商品・サービスに不満はなく、拼多多が持つ「安かろう悪かろう」のイメージを覆されたユーザーの一人だ。周辺を見渡しても、この1年の現象として、かつてアリババ系のタオバオ(Taobao)のコアだった都市部のハイエンドユーザー層が拼多多を再評価している声をよく耳にするようになった。
新興勢力にとってはまたとないチャンス到来か
アリババはここ数年、クラウドコンピューティング、フィンテック、ニューリテールなど多角的にその事業領域を拡大してグループ成長を進めてきた。その流れの中で、ECで獲得したユーザーを基盤としてアリババ経済圏が成立していることは揺るがない事実である。今も中国のEC市場ではアリババが圧倒的な存在感を維持しているが、勢いを増してきた新興勢力にアリババがどう対峙していくかは、将来を占う上で重要な論点となりそうだ。
いずれにせよ、アリババが少しでも隙を見せれば、虎視眈々とチャンスを伺う新興勢力がそのチャンスをモノにしようと攻め込むことは確実だ。結果として、中国IT企業が全体としてハイレベルな次元で覇権争いを展開していくことが予想される。アリババが今後も圧倒的地位に君臨し続けるのか、あるいは新興勢力にその座を明け渡すこととなるのか目が離せない状況が続きそうだ。