不当要求・カスハラ・迷惑行為から小売業が受ける想像以上の大きな「損失」とは

西尾 晋(エス・ピー・ネットワーク執行役員・総合研究部担当/主席研究員)
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第1回では、飲食店や小売店において実際に行われた迷惑行為の一例を紹介したが、迷惑行為を含むカスタマーハラスメント(以下:カスハラ)や無理難題を申し立てる不当要求は、運営企業に対して、種々の大きな損失(ロス)をもたらす。もはや、「お客様は神様」という認識は通用しない。経営陣や経営幹部は、不当要求やカスハラ、迷惑行為が企業にロスをもたらすことを正しく認識し、従業員をこれらの理不尽な行為から守ることはもちろん、当該ロスの削減の観点からも、不当要求やカスハラ、迷惑行為に対して毅然かつ断固たる対応を取ること、そのような対応を取るための社内体制や人材育成(研修など)を積極的に進めていく必要がある。不当要求・カスハラ・迷惑行為によるロスをいかに防ぐか、今、まさに経営陣の手腕が問われている。

AleksandarGeorgiev/iStock
AleksandarGeorgiev/iStock

企業にとって最も痛手となる「人材ロス」

 本稿では不当要求・カスハラ・迷惑行為がもたらす「ロス」について順次解説していくが、数々のロスのなかで企業にとってもっとも痛手となるのは、「対応ストレスによる従業員のメンタル不調・退職・人材流出の誘発」をもたらすことだ。すなわち「人材ロス」である。

 不当要求やカスハラ、迷惑行為への対応を余儀なくされる担当者としては、緊迫した状況のなかで過度な緊張を強いられることになるうえ、執拗に繰り返される暴言・暴行などによる人格否定や威圧行為に対する恐怖、想定外の迷惑行為に対応しなければいけない焦りやプレッシャーなど、大きなストレスがかかる。

 このように顧客側からの理不尽な行為への対応を余儀なくされる一方で、会社として不当要求やカスハラ、迷惑行為に対して毅然として対応してよいというお墨付きが与えられていないなかでは、お客様を怒らせてはいけないという思いも相まって、どのように対応したらよいか困惑してしまう状況に陥る。

 当社の調査 (※1)でも、不当要求やカスハラが企業に及ぼす影響について、ストレスの増加(88.5%)、業務遅延(79.4%)、仕事意欲の低下(77.7%)が上位3位となっているほか、厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(※2)に掲載されているアンケ―ト結果でも、顧客の迷惑行為による心身の影響として、「怒りや不満、不安を感じた」、「仕事に対する意欲が減退した」などの項目が上位を占めている。

 厚生労働省の同マニュアルでは、カスハラによる従業員・企業などへの影響として、従業員への影響については、「業務パフォーマンスの低下」、「健康不良(頭痛、睡眠不足、精神疾患、耳鳴りなど)」、「現場対応への恐怖、苦痛による従業員の配置転換、休職、退職」を例示している。

 これらの調査からもわかるように、対応に当たるスタッフは過度のストレスからメンタル不調に陥って休職に追い込まれたり、このようなストレスに晒される職場環境を嫌って退職したりしてしまうケースも少なくない。ただでさえ人材が不足するなかで、企業にとっては現場の最前線の有為な人材のロスに繋がりかねない。さらには業務運営や競争力に大きな影響を及ぼすことになる。

 また、労働契約法5条では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体などの安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」として、安全配慮義務を規定しており、不当要求やカスハラ、迷惑行為などへの対応により従業員がメンタル不調に陥ることになれば、企業として安全配慮義務違反を問われかねないことも看過してはならない。
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※1 エス・ピー・ネットワーク「カスタマーハラスメント実態調査(2021年)」
https://www.sp-network.co.jp/column-report/report/spn-report/customer-harassment2021.html?curr=publication
※2 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf

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