アパレル産業用語から経営用語に転嫁された事例は少なくない。SPA (製造小売業)もそのうちの一つだ。例えば、家具で抜群の強さを持つニトリ、シューズのABCマートなども、「SPAだから強いのだ」と言われても、いまや違和感を感じる人は少ないはずだ。しかし、SPAといえば、Speciality Store Retailer of Private Label Apparelとなり、そのまま日本語に直訳すると、「自主ブランドを持った衣料品専門店」という意味になり、「家具」や「靴」に使うのはやや違和感があるのは私だけだろうか。
私は用語や定義についてはいい加減なほうで、分かっているようで分からない言葉を使うよりは、もっと本質的な部分でものごとの分析をするタイプだ。だがSPAという言葉については、やや事情が異なってくる。このSPAという言葉は、「言葉の乱用」によって実害まで発生しているため、看過できないのである。今日は、このSPAという言葉の乱用が及ぼす悲劇と正しいものの見方について論じたい。
「SPA=製造小売業ではない」!
SPAを論じる前に、「アパレル」という言葉について考えてみたい。「DCブーム」(80年代後半から起こったアパレル業界のデザイナー・キャラクターブランドブーム)を知っている私たちの世代から言わせてもらうと、「アパレル」は「メーカー」であり、製造業だ。だから、当時の就職本には「アパレル・メーカー」という感じで、いわゆるソニーやトヨタと同じセグメントにオンワード樫山などが掲載されていた。今の人に聞くと、「アパレルって衣料品とかファッション商品全体を表して、企業体や事業体を表さないのではないですか」と言われる。だから、オンワードもユニクロもユナイテッドアローズもみな「アパレル」なのだ。
しかし、ツワモノ揃いの関西などで講演をすると、アパレルという言葉を上記のように使うと会場が混乱し、「河合さん、それは小売という意味も入っているのですか?」と聞いてくる。流石に最近の就職本を見てみると、アパレルをメーカーにセグメントしているものは少なくなったが、関西では今でも「アパレル」は製造業で、「小売業」へ商品を卸す仕事をしていると定義している人も多い。
しかし、当時(DCブームのとき)商社でアパレル企業のOEMビジネスをしていた私からしてみれば、「アパレル=製造業」と言われても、実際に自社製造をせず、ほぼ100%外注委託製造をしていたわけだから、首をかしげざるを得ない。言葉とは便利なもので「ファブレス・メーカー」という業態もある。「持たざる経営」が流行っていたこともあり、関西方面では今でもアパレルメーカーは製造業のようだ。
SPAの本質は工場を持つことではなく
「製造機能」を持つこと
2000年、私は経営コンサルタントになり、アパレルの専門家という建付けで、たくさんの提案書やプロジェクトにアサインされた。
コンサルティング会社には、「流通・小売」業セクターというラインがあり、私はそこに配属されたのだが、驚かされることがあった。
比較的多くの小売業者が「生産機能を持ちたい」という意向を持っていたからである。私の現場感覚でいえば、百貨店などの「小売」に商品を卸していた製造業業態が、自社店舗を持ちたい、という感覚が世の中の流れだったからで、小売が生産機能を持つことはまだ一般的ではなかったからである。
「コンサルティング会社の中には、5年後の情報があちこちに詰まっている」と認識したのはこのときだ。
製造業が小売を「機能」として持つ。小売業が生産を「機能」としてもつ。こうして製販が統合させるのがSPAビジネスモデルの本質なのである。
しかしここで注意したいのは、「機能」として持つことと「物理的に持つ」のは考え方が大いに異なる点だ。例えば、小売機能でいえば、物理的設備は自社ビルなど、「不動産」を持つことであるが、実際は、デベロッパーの中に出店し、家賃を支払って直営(ダイレクトに運営)する。生産も同じで、「機能」として持っているが、「物理的設備」は商社がもっていたり、独立した縫製工場と事業提携をしたり、現実に「物理的設備」を内在化しているわけではない。
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機能を持つことは、責任を持つということ
それでは、「機能」を持つとはどういうことか。これは、「責任」を持つということと等しい。例えば、小売が協力工場に対して自主企画商品を生産させる場合、その協力工場は、過剰在庫が起きたとしても、他社に販売することはしない。あくまでも、発注をした小売専用の商品をつくり、小売は生産した数量を全量買い取る義務が発生するわけだ。
したがって、シーインやDholicのように、広東省の工場群、韓国東大門の工場群に残っている商品を多くの小売が仕入れて同じ商品を販売しているような業態はSPAとは言えないわけだ。そして、アジアではこうした小売機能に徹した小売のビジネスモデルの方が主流で、在庫をもたない強みを生かしてSPAを次々となぎ倒しているわけだから、ここでもSPAが必ずしも強いとは言えないのである。さらに言えば、もしSPAだから強いのであれば、米GAPが苦戦し続ける説明もつかないはずである。
そもそも、例えば楽天とアマゾンをどのように使い分けているのかと聞かれれば、「●●の方が品揃えが良いから」と答える人は少なく、結局は「ポイントを貯めているから」「Amazonプライムに入っているから」など、付帯的なサービスで競争しているのである。
ここには「KPI」も大いに関係してくる。
工場を持つと「稼働率」を高める必要がある。工場を「休転」させれば、商品ひとつあたりのCMT(工場のコスト)が上がってくるため、可能な限り安定的に工場は同じことをしなければならない。一方、小売は「欲しいときに、欲しい商品が、欲しい量だけ」必要で、これは、工場の稼働率と背反する。
コスト削減のためには生産稼働率を安定化させることが重要で、アップサイド(売上)をあげるためには、売れる商品が、売れるタイミングに、売れる数だけ投下されることが重要だ。つまり、工場の生産稼働率の安定化とは相容れないのである。
ここを、複数のアパレルのOEMを請け負うことでオフセット(矛盾を相殺)し、買い付けによる生産の安定化と販売による商品投下の柔軟性を共存させるため、商社が真ん中にはいって、そこで生じる矛盾を解決してきたわけだ。こうして生まれたのが「日本型SPA」なのである。今、百貨店も地方からは家賃商売を始めたし、小売も安価な自主ブランドを強化してきてから、今、SPAか否かという業態論を語っても意味が無いのである。
むしろ、今勝っている企業は「ノン SPA」だ。シーインしかり、ZOZOしかり、楽天ファッションしかり、である。ZOZOは一時期製造機能を持とうと考えていたようだが、私は今の「小売」としての立ち位置をデジタル技術で強化すべきだと思う。また、インバウンドで一時的に潤っている百貨店も、SPAに手を出すのでなく、在庫責任をもたない「個客」(顧客ではない)をしっかりつかみ、満足度を上げる「サービス価値」こそ、強化すべきだと私は思う。これも、脱SPAである。
SPA業態に優位性がない、本質的な理由
まとめよう。
SPAとは、製造小売と訳され、製造と小売の両方を自社でやっている企業という考えは誤りで、小売発の企業が「機能」として製造機能を持つ、あるいは、製造業発のアパレル企業が「機能」として自主運営店舗を持つことであり、この業態そのものに優位性はない。実際、今勝っている小売企業は、製造設備を抱えて在庫リスクを持つより、大量のマーケティング費用を投下して「顧客」(個客ではない)を何十万人、何百万人と保有することである。
SPAが強いというのは錯覚で、小売で強い企業は優良顧客のデータベースを持っていること。アパレルメーカーで強いのは、独自性の高い商品をつくることができる技術をもっていること、であり、SPAであるかどうかとは関係ないのである。
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プロフィール
株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。
著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「
筆者へのコンタクト
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