コロナ禍の3大不況産業と言われるアパレル業界は、各社きれいに赤字決算が並んでいるにも関わらず、財務体質が脆弱な中堅企業の倒産件数は過去最低となっている。
ただし、個別株式の状態をみると、市場は正直で、上場アパレル企業の平均PBR(株価純資産倍率)は、解散価値である1倍を割り込んでいる。そうしたなか、私に講演依頼してくる業種として、アクティビスト・ファンド(投資先の経営に積極的に関与し経営改善を迫る投資家)が急増している。すでにのべ200社を超え、次回で講演のアンコールは3度目となる。この背景にあるのは、もちろん「アパレル企業の買収に投資妙味があるかどうか」を知りたいからだ。
実際メディアでは、企業買収のニュースが紙面を飾っている。2月の日経新聞によれば、ベインキャピタルをはじめとするファンドが続々と日本に上陸。事業再編を目的とした活動をスタートしている。世界でもファンドの動きは極めて活発化している。
セブン&アイ・ホールディングスはコンビニ特化を迫られる
セブン&アイ・ホールディングスは2兆円を大きく超える巨額投資により、米国のスピードウェイ (ガソリンスタンドに併設された最大のコンビニ)買収を進め、コンビニ事業強化を進めている。一方で、米有力アクティビスト・ファンドのバリューアクト・キャピタルが同社株式を大量に保有する大株主となったことがわかった。セブン&アイは、赤字事業の温床であるアパレルビジネスなどを切り離して「コンビニ特化」を迫られている。
このように事業再編を促すファンドマネーが活発に入ってきており、「敵対的TOB」という最も過激な企業買収の件数も過去最高水準にある。
「ニューノーマル」などと暢気なことを言っている場合ではない。私が昨年予言したとおりになったわけだ。若い時期に投資銀行に勤め、投資先のIPOに成功し自分が投資家になっている私の友人達は、「もはや、正しい金融知識が無ければ、われわれ国民の資産は奪われ、また、職場まで追われる可能性もある」と警鐘を鳴らしている。
拙著『生き残るアパレル死ぬアパレル』の前書きで、ピケティの「21世紀の資本」について書いたのは、そこまでの理由があるからだ。
あなたの会社はいくら? デューディリジェンスの全貌
しかし、アパレル業界に至っては、一部のエリートビジネスパーソン以外は、「投資とは、投機的商品に手を出すことと同義だ」と考えている人も少なくない。
前置きが長くなったが、今日は、企業買収の前提となる、本質的な「企業価値算定」に分かりやすく迫りたいと思う。
本論に入る前に、アパレル業界におけるM&A (企業買収) とDX (デジタルトランスフォーメーション)の問題点について軽く触れたい。この両者に共通しているのは、企業戦略と事業オペレーションとがまったく切り離され、言葉だけが先行しているということだ。
わかりづらい専門用語でお茶を濁し、「なぜ売上が上がるのか」「なぜ利益が上がるのか」「そこの因果関係は何か」という根源的な質問を考えもせず、例えば、「ディープラーニングやクラウドの意味が分かった」ことと、DXを使った企業価値向上を混同しているといったら言い過ぎか。
私が本連載でDXについてほとんど語らないのはそういう背景があるからだ。実際、今の私の仕事は、極めて優秀なマネジメントチーム、おそろしく有能なデジタル担当者とタッグを組み、基本的な競争戦略論をベースにテクノロジーの議論を進めている。この企業は、やがて日本の覇者となるという強い実感を持っている。
しかし、私はそうした「虎の巻」を語らない。DXについて書けば本連載のPV数はさらに爆発的に上がることも分かっているし、私の仕事も増えるのだろうがそれはしない。強烈なアクセルだけのクルマは危険で運転ができない。誰かがブレーキ役をやらなければという思いからだ。私の貧乏性は一生直らないだろうと思う。
話を戻すと、M&A の世界も似たような状況だ。TOB、EBITDA、Private Equityなど横文字が極めて多い業界だ。アメリカの映画「プリティ・ウーマン」や「ウォール街」、NHKの「ハゲタカ」などの、投資家は悪魔なのか、天使なのか分からない描写に日本人は洗脳され、他人事だと思って雄弁に、M&Aを語ってきた。ところが、いざ自分の身に降りかかると、とかくトンチンカンなことを言いだすものだ。
例えば、資金難に陥ったあるアパレル企業の役員は、舌の根も乾かぬうちに「リストラせずになんとかならないか」「この会社が我々の会社を欲しいと言っているが大丈夫か」など相談を持ちかけてくる。中には「コンサルに頼むとリストラされるから、人権派コンサルに頼もう」など、その本質を理解していないことが丸わかりな質問を投げてくる人もいた。
「自称人権派」である私は、興味を持ち、その「人権派」に会ったのだが、単に金を引っ張ってくるだけの人だった。私の再生手法は、オペレーションを変え、その会社が自分で稼いだ金で生きて行けるようにするものだ。その期間までの繋ぎとして「お金」を引っ張ってくる必要がある。彼らは目的(自立すること)と手段(お金を引っ張ってくること)が全く逆なのである。彼らに共通しているのは、ダラダラしている間に借金を増やし、それが再生であると勘違いし、もはやどうにもならなくなって相談にくるというものだ。その末路は、金融主導でどこかの傘下入りである。
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現場の人間が知っておくべきデューディリジェンスの本質
実は、この論考は、ある商社マンに頼まれて書いている。彼は、過去、幾度もの私の忠告を無視し、商社が銀行や証券会社などになるはずがないとウソぶいていたが、最近、社内でも銀行持ち込みの救済案件が増え、先輩から「やっておけ」と企業価値算定をおしつけられた。財務の人間に話を聞いても難しい横文字ばかりで何もわからないし、友人に聞いても同じ。書籍を読んでもさっぱりということで私に頼んできた。彼のリクエストは、「現場の人間がわかる言葉で解説してもらいたい」というものだった。
現場出身の私が理解した思考過程にしばしお付き合い頂きたい
まず、あなたの目の前に現金製造機があるとしよう。その製造機は、1万円をいれたら1万2000円がでてくる。5万円をいれれば6万円がでてくるのだ。ただし、その現金製造機は1年に10万円しか入れることはできない。さらに、かなりポンコツになっていて、あと5年もしたら壊れる可能性が高い。この現金製造機のオーナーが、あなたに買取を持ちかけている。最初の提示額は11万円だが、交渉次第では10万円、ハードに交渉すれば8万円まで下がりそうだとしたら、あなたはいくらで手打ちするか、あるいは、やめるか。
この現金製造機を手に入れれば1年で 最大2万円を手に入れることができる。そして5年後に壊れるとしたら、総額で手に入れられるお金は10万円だ。では、最高でも10万円であればトントン、9万円なら買っても良いと考えるのは正しい判断だろうか。
答えはノーである。理由は3つある。
- この現金製造機は5年以内にも壊れる可能性がある(そのリスク回避資金が必要)
- あなたが手にできる総額10万円は5年後で、「今」ではない
- あなたは1年に2万円稼ぐため10万円の投資原資を持つ必要がある
つまり、
- 毎年2万円のお金をつくるため、誰かから10万円を借りるために掛かる利息
- 壊れるリスク
- 5年後の10万円の価値と今の価値の差
を考慮する必要があるわけだ。ご想像の通り、この現金製造機とは、あなたが買収をしようとしている「企業」である。
例えば、10万円の借り入れについていえば、バブル時代に無借金経営を続けていたアパレル企業も、アパレル不況において投資原資を調達せねばならない。また、無借金だと大金を溜め込んでいる企業は、株式市場から「使わない金なら、無駄だから株主に配当しろ」と怒られる。金を貯めて使わないというのは、「戦略がない経営」と見られるからだ。
自社株買いを繰り返している企業は投資先がないのだ。市場が成熟し、成長市場が見えない企業で自社株買いが増えているのにはこうした理由がある。(買収防衛や資本政策などは割愛していることご容赦いただきたい)
次に、将来の2万円と「今」の2万円の価値の差だ。2万円といえば、「5年後でも2万円だろう」と思うかもしれないが、これが、20億円ならどうか。そして、不動産投資ならどうか。今、事業に必要な不動産や設備が20億円で買えるなら、それを5年後まで待つことは正しい判断といえるかということだ。
この移り変わりの激しい時代に林先生風にいえば、「今でしょ」である。
だから、「5年分の金利を払うから、今20億円くれ」といえば、売り手は「ならば22億円だせ」というかもしれない。これが、将来のお金を「現在価値」に割り引き直すというもので、将来の20億円を今ならいくらなのかを計算する手法が「DCF: ディスカウント・キャッシュフロー」というわけだ。イメージの湧かない人のために、アパレルビジネスの在庫を思い浮かべればよい。倉庫にたんまり持っている在庫は、いま売ればお金に替わるが、5年後に売れば、おそらく二束三文になっている可能性が高い。ならば、値引きしてでもいま売ってしまうということになる。先週の「換金率」というKPIは、このことをいう。
そして、最後に、壊れるリスクである。これは、コンプライアンス問題から、不正取引、会計操作など、法律や財務の視点から徹底して「まともな商売」をしているか調べられる。また、こうした事業毀損の可能性には、ディスカウントといって売買の値段から値引き要因として勘案する企業もある。
例えば、日本の非上場アパレルは、私の知る限りまともに在庫の価値評価をやっている企業は皆無に等しい。BS(貸借対照表)とPL (損益計算書)のさじ加減で利益操作することがいくらでも可能だから、上場できない企業が多いのだと思う。売上をいたずらに追い求め、必要以上の在庫を隠しているのだ。
赤字企業は、どれだけ有名でも価値はゼロ
さて視点を変え、あなたが買いたい現金製造機に1万円をいれると8000円がでてくるとしよう。あなたはこれをどうするか。当たり前だが、そんなものを買うはずがない。毎回2000円が消えて無くなるからだ。このように言うとそんなことは分かってるよと豪語する人が多い。
では聞くが、多くの赤字企業をM&Aする企業が絶えないのはなぜか。また、赤字企業にもかかわらず、「今まで手塩にかけて育ててきた超絶ブランドだ」と、赤字にも関わらず強気な値段で売りつける企業があとを絶たないのはなぜか。
再三この連載で主張しているように、日本のアパレルは自社の製品・事業を「ブランド」と呼んでいるが、世界の常識でいえばこれらは「分類名」であり「ブランド」ではない。「我が社の価値はいくらぐらいでしょうか」と聞かれ、「赤字ならゼロです、いや、借金もあるから逆にお金を払って、借金分を返しても売れません」と、まずは、原理原則をいう。そうすると、それを嫌って、いわゆる「人権派」と称する「コンサル先生」が登場するわけだ。
日経新聞によると、2021年は資本性劣後ローンの貸し出しが過去最高になっているという。おそらく、こうした記事は、一部の人をのぞいてスルーされていると思うが、この劣後ローンとは、企業の「資本」に組み入れることができる借り入れのことで、一般的に窮地に陥った企業が政府系金融機関から赤字によって食い潰された資本を大きく見せ、民間企業から金を借りやすくするためのローンだ。
私から言わせれば、赤字体質をなんとかしなければ、金を貸すだけではなんの根本解決にもなっていないと思う(株式の希薄化防止などの資本政策など財務戦略を否定しているわけではないことをご了承いただきたい)。
問題は、こうした金融スキームの構造を理解することなく、「金引っ張りコンサル」のいわれるままに従い、事業上の問題(1万円をいれると8000円しかでてこない壊れた機械)という本質的なところを直すことなく、安心する金融リテラシーの低さである。いま、金融とDXは事業戦略において表裏一体だ。私の手がけた再生でうまくいったケースは、こうしたスクラムがうまく機能したからである。
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EBITDAと事業計画がすべて
最後に、このデューデリジェンスを理解する際に、いわゆる企業を現金製造機と見立てた場合、生み出される現金(例えば2万円)が、粗利か営業利益か、経常か純利か、という問題、そして、「倍率」という独特の概念、事業計画について解説したい。企業再生の依頼がくるとき、最初に手にするのは、会社側から出される全く根拠のない右肩あがりの事業計画である。ファンドの人達も、頭をよく鍛えられているため、最初から冗談のような事業計画を全否定することなく、「これはこういうものなのですか」と、必ず知見者にきいてくる。
外資を渡り歩いていた私は、自分の会社の損益計算書が、EBITと工数積上げ型売上という、独特のコンセプトで表記されていることを理解するため、米国本国の経理担当者と数週間にわたって慣れない英語で議論をしたことがある。「そんなことも知らないのか」とバカにするお方もおられるだろう。しかし、私がそれを米国本社と討議をし、全貌を理解するまで、その会社には誰も損益計算書(PL)を読める人間がいなかったのは事実だ。戦略コンサルなどといってもそのレベルなのだ。
話を現金製造機に戻すと、生み出される現金が、1500円なのか2000円なのかを正確に計測するためには、粗利も営業利益も経常、純利も役に立たないといったら驚くだろうか。説明しよう。まず、粗利率がいくら高くても、販管費を「販売に必要な費用」と捉えるなら、もし、
販管費>粗利
だった場合、この企業=現金製造機は、1万円をいれたら8000円になってでてくる壊れた機械ということになる。当然、粗利をさらに増やすか販管費を減らすかのいずれかの対策をとらねば、「価値はゼロ」でデューディリジェンスは(基本的に)終了だ。
また、もっとも営業活動で生み出される現金というコンセプトに近いと思われる営業利益ではダメなのか、といわれれば、「減価償却費」の問題がある。これは、例えばクルマを200万円で買った場合、貯金の中から200万円は一時的に減るが、買ったクルマは、今年だけでなく、来年も、再来年も営業活動のために活躍してくれるから、200万円を5年で割って、1年分を40万円のコストとし、5年間、毎年40万円が(付加価値ベースの)計上される。つまり、純粋にその年に創出された現金を表すことにはならない。したがって、営業利益に減価償却費を足し戻した金額が、その年に創出された「生の現金」ということになる。
これをEBITDA (Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortizationで、そのまま日本語に訳せば、金利を払う前、税引き前、減価償却前、その他償却前の利益) とよび、いわゆる現金製造機が生み出す2000円を表すことになる。
つまり、純粋に営業活動で生み出す現金ということだ。
次に「EBITDA倍率」について説明したい。これは、現金の創出が何年続くかを表したものだ。
ファイナンスの本を読むと、これを逆から解説し、企業価値をEBITDAで割ったものが倍率だというものがほとんどで、おそらく、現場の人間は、その「倍率」とは何なのかサッパリ分からない。ファイナンス系の人達は、事業のオペレーションにあまり興味ない方が多いか、あるいは、MBAホルダーなどが多いため、いわゆる頭の中の算式で「いくら儲かるか」という「乾いた計算」で企業を理解することに抵抗がないが、現場の人は、頭の中は「プロセス」しかないため、こうした「乾いた計算」はチンプンカンプンなのである。
さて、私が本論で書いたものはデューディリジェンスの氷山の一角で、例えば、事業再生の買収でもフィックス(壊れたところを直すこと)が前提となったり、赤字でも、ロルアップ企業(買収後、他の企業と統合すること)とのシナジーを計算にいれたりと、極めて複雑な計算をしていて、本当にそんな簡単な話でいいのかと不安になると思うが、どのような複雑な計算も、その前提である事業計画と将来予想が変われば、積み木崩しの如く音を立てて全てが壊れて行くということなのだ。ここに書いた、いくら稼ぐのか、それはいつまで続くのか、加えていうなら、何をすればそうなるのか、ということこそデューディリジェンス視点の最も本質であるということをご理解頂ければ、本稿の目的は達成されたことになる。
プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)