論理力が弱いと言われるアパレル業界。論理力が最も必要とされる分析力とは、渾然一体となった曖昧模糊とした事象をしっかり分類し、意味ある塊にする力をいう。今日は、まことしやかに言われている「リードタイムは短いことはよいことだ」という過った常識に切り込む。
現場を知らないベンダーと経営者の勘違い
あなたがもしアパレル業界で働いているなら、「リードタイムが短くなることで消化率が上がる」という殺し文句をデジタルベンダーやコンサルタントから幾度も聞き、「そりゃそうだ」、とうなずいていることだろう。しかし、これは大きな誤解である。
まずは、現場で何が起きているのか、大手アパレル企業の分析結果を解説していこう。
この企業は、MDの初期投入で総投入量の40%を生産し、残りの60%を店頭の売れ行きをみながら、売れる商品を作り増しし、売れない商品は生産をストップすることで欠品と余剰在庫の最小化を図ろうとしていた。
だがこれは、商社や工場側から見れば、いきなり「これを3週間でつくって納めてくれ。サンプルは初期投入であげたものと同じだから確認は抜き取り(量産品から数枚を抜いて納品前に確認をするスピード手法) 2枚で良い」などといわれ、ドタバタ騒ぎが始まることになる。
日本のアパレル企業が弱体化し、中国の経済発展が進んだため、中国での生産はコストがあわなくなり、いまや中国生産は「贅沢品」だ。
加えて、わずかに残っている素材メーカーも、素材をランニング(在庫しておくこと)しておく余裕などないから「もう素材はありません」ということになり、ムリを押しつけられた商社は、ありとあらゆるネットワークを使って似寄り素材を探すことになる。さらに悲劇は、「売れ筋商品」はおおよそ同じ工場に投入されているので、他のアパレルもこぞって似たような商品のクイック追加投入を押し込みに入るという点だ。結果、今度は縫製工場が「もう、うちにはキャパがありません」ということになる。
工場が代われば、仕上がる商品も変わるのは常識だ。全く違う商品が出てきたら大変なことになる。しかし、3週間で商品を納めなければならないし納められなければ、次から商売はこなくなる。たちの悪いアパレル企業は、「約定は入れただろう」と一方的な通達を、あたかも契約が履行されたかの如く吹聴し、ノンデリ(商品が納期通り入らないこと)の責任を「上代保証」といって、売上損失のクレームを商社や工場に押しつけることもある。
早くも3刷!河合拓氏の新刊
「生き残るアパレル 死ぬアパレル」好評発売中!
アパレル、小売、企業再建に携わる人の新しい教科書!購入は下記リンクから。
日本流QRの実態は、ドタバタ騒ぎで作られたもの
そもそも、差別化できていない商社自身が本質的には悪いのだが、そんなことは考える暇も無い。商社は、「えいや!」とばかりに大ばくちに出、似寄り素材をアパレルに送り、本生産を確認無しで開始する。
「もうこれしかありません」とスワッチ(素材の編み地サンプル)を送るが、アパレルは「色欠け、サイズ欠けが発生するからもう一色足せ」と、さらにムリを押しつける。納期遅れは絶対に許さない。下手をしたら莫大な損害賠償金の請求が来る。商社の人間は、中国に飛び、現地で公司(中国の会社をこのように呼ぶ)の総経理(日本で言う社長)に直談判し、夜は酒を飲んでお願いすることになるわけだ。
総経理は、「しかたないな」と、他のアパレルの仕事をどかし、夜の二交代制に変え、なんとか染色を2日で仕上げ編みたてを開始する。こうして上がったドタバタ騒ぎの結果、量産される商品はどことも分からない外注先を使うが仕方ない。トレーサビリティなんてあったものではない。上がる商品も、安定性も品質も担保されない。そうして上がった商品をship by Air (飛行機で飛ばす) で緊急通関させる。飛行機が間に合わないときは、ファーストクラスの席を確保し、パッキン(Packing 量産品が入った箱)をハンドキャリー(一般品と同じ荷物にすること)させて成田で通関させて、タクシーで深夜に納品する。全くバカげた話だがすべて事実だ。
しかし、仕事はこれだけでは終わらない。不安定な品質のドタバタ騒ぎで生産された商品を、商社は日本の検品工場でプレスを使い一生懸命アイロンで伸ばし、また、近所のアルバイトの人をかき集め徹夜でほつれを直して納品する。これが、リードタイム短縮化の実態だ。
さて、本日の論点は、このドタバタ騒ぎはデジタルでは何も解決しない、ということだ。なぜなら、このドタバタ騒ぎは、インターナルマター(会社内の効率化)でなく、エクスターナルマター(外で起きている仕事)だからである。「素材メーカーが在庫をアップデートしていれば、デジタルで簡単に素材が見つかる」など批判する人がいたら、「アパレル企業のハンガーラックにある商品と同じ素材をデータベースから見つけ、在庫の有無を確認して見ろ」と私は言いたい。また、万一、似寄りの素材を見つけ、データベースに「在庫あり」と書かれていたとしよう。紡績メーカーに確認したら、「ああ、今し方すべて完売です」と“そば屋の出前”で対応されるだけだ。
机上の空論を振りかざす前に、実務をやってみることだ。リードタイムの最大のボトルネックは素材なのだ。似寄りの素材、しかも、混紡糸、撚糸の世界になれば、アクリルかレーヨンかなど専門家でも見分けはつかない。また、人気の素材など直ぐになくなるし、そもそも素材メーカは在庫など持つ体力は無い。だから、ZARAは素材をあらかじめ備蓄し計画生産をしているのである。それに引き換え日本のQR(クイックレスポンス)はの、「おっと、これが流行った、速攻でつくれ!」と、素材の有無や工場スペース、品質管理の生産三種の神器をすっ飛ばし、「三週間で作れ」という無知っぷりである。加えて、商社は、「はい、はい、かしこまりました」とムリを承知で商売をとろうとする。
これが、リードタイム短縮化の実態である。
リードタイムは長くて良い
ではなぜ「リードタイム短縮化」について、誰も疑問を持たないようになったのか。それは、アパレル業界の悲しい論理力のなさに原因がある。
「リードタイム」とは「商品生産のリードタイム」である。そして、その意味は二つある。
1)ファイナンス観点の商品リードタイム(商品回転率=交差比率)
2)トレンド回転のための商品リードタイム(MD計画=QR)
アパレル業界は、この2つを激しく混同し、違いさえ意識していない。彼らと話をしていると、時にファイナンスの話がでてきて、都合が悪くなればトレンドの話に変わる。ここに悲劇が生まれるわけだ。
1)に関しては、他の書籍や解説書に載っているので詳しい解説は避けるが、商品回転率 x 商品粗利率(限界利益率)で交差比率という指標を出す。ファイナンス的にいえば、この交差比率が高ければ、少ないお金で利益を増幅させ、大きな売上を作ることができる。利益率が高い商品がどんどん売れて回転すれば、それだけ企業はキャッシュリッチになり、さらに大きな仕入に回し、売上を(理論上)稼ぐことができる。いわゆるキャッシュフローが良化するわけだ。
問題は2)である。ここには、ファイナンス視点とは全く違う。ここでは、まずテストマーケティングで総投入量の3-40%を投入。初速を測定し、売れ筋を追加し死に筋の生産を止めれば欠品と余剰在庫の両方が最小化されるという無邪気な発想があった。いわゆるQR である。しかし、このQR手法は、拙著「生き残るアパレル死ぬアパレル」(ダイヤモンド社)で解説したように、ZARAの「蟻地獄」にはまることになり、「トレンド回転率」が素早いZARAには太刀打ちできないことは述べたとおりだ。
2016年、ユナイテッドアローズが、当時、1年を4つのシーズンに分けていたアパレル業界で、1シーズンを、梅春、晩夏、などと半分にし「8カセットMD」で大成功したが、これとて、無敵の王者ZARAの前で、さらに細分化する12カセットMDでなければ勝てないということになり日本中がZARA MDを研究しはじめた時期であった。
ここでの論点は、商品回転率とトレンド回転率は別物であるということだ。図を見て頂きたい。上が伝統的なQRをモデル化したものである。ここには、消費者から見て変わりゆく「トレンド・ターンオーバー」と下段の「プロダクト・ターンオーバー」(商品回転率)が同じであるという無邪気な発想がある。もっと分かりやすくいおう。売れ筋を見て、同一商品を一から作り直さなければ、トレンドに乗れないという非論理的な発想があるわけだ
これに対して、下段はZARAが採用している手法だ。彼らは、最初から素材を備蓄し、シーズン毎に売り切り御免で追加生産をせず、「ヒットの要因」を分析し、あらかじめ用意した素材を活用して年に12回転のトレンドを見せている。ここでわかるように、トレンド回転と商品回転を分けてとらえ、毎月のシーズン初頭に投入すれば、リードタイムを3ヶ月にしようが4ヶ月にしようが商品投入できることになる。別に全く同一素材でなくとも、「ヒットの要因」が分かれば、素材はあらかじめ備蓄したものを使い料理の仕方を都度変えれば良いわけだ。消費者の立場になって見れば直ぐにわかる。全く同じ商品でなくとも、「イケてる雰囲気」があれば消費は発生する。だから、私はアイテム毎の欠品率をKPIにしてはならない。客単価をKPIにせよ、と幾度も説いているわけだ。
早くも3刷!河合拓氏の新刊
「生き残るアパレル 死ぬアパレル」好評発売中!
アパレル、小売、企業再建に携わる人の新しい教科書!購入は下記リンクから。
QRのドタバタ騒ぎはデジタルでは解決できない
私は、この仮説を実証するため、3回転させていたQRのプロパー消化率を計測したことがある。もし、QRが正しければ、作り増しをすればするほど消化は上がるはずだが、結果は真逆だった。同じ商品を作ればつくるほど消化率は下がる。トレンド商品ならなおさらだ。生産はどれだけ頑張っても2-3週間はかかる。3回転もすれば計測期間をいれれば3ヶ月ということになり、ZARA型12回転MDの前では、「2シーズン遅れ」の商品になるからだ。商品回転率と売上・利益に相関性がないことは、ユニクロと他のアパレルの比較分析でも明らかだ。いくつかのアナリストが商品回転率の比較をしているが、時価総額境一位に近づいたユニクロはいつも回転率では負けている(ように見える)。
このように、我々はなんとなく「リードタイムが短いことは良いことだ」という論理的整合性が見えない理屈を盲信し、ドタバタ騒ぎを繰り返し、粗悪品でシーズン遅れの商品を投入していることになる。
交差比率を高める必要は無い。なぜなら、交差比率向上の目的はキャッシュフローだからだ。キャッシュフローを良化させればよいのなら、今は倉庫業者が在庫流動化サービスをしているし、なければ金融機関や商社とそのような話をすれば良い。商社を外して粗利を稼ごうと考える前に、このようにマーチャンダイジング全体を立体的に見て、商社金融を賢く使えばリードタイムは長くとも、トレンド・ターンオーバーは12回転させることが可能となる。
上記のようなドタバタ騒ぎはデジタル化で解決できるものではない。アパレルと商社がバリューチェーン全体の最適化について、深い議論を交わし、現場で起きている実態を確認して共同で解決策を考えるべきだ。今、商社に必要なのはトップ営業であり、こうした高度業務をアパレル企業と双方の利益が出るような形でデザインする力である。
最後に、私はムダな会議や意味の無い資料、全く意思決定をしない経営など、こうしたダラダラ仕事の結果生まれるリードタイムの長期化を肯定しているのではない。こうしたダラダラ仕事は、デジタル化によって正しい情報を瞬時に見ることができる経営のダッシュボードやPLMなどを活用して、人間がやっていた仕事を自動化させるなどし、可能な限り迅速にすべきである。しかし、論理力の弱い人は、スピードそのものが目的となり、上記のようなドタバタ騒ぎに発展する。
私が本稿で申し上げたいのは、専門用語で「企画限界値」というのだが、しっかりした完成度の高い商品をつくってゆくために必要なリードタイムはしっかりとれ、ということなのだ。また、昔の教科書はもはや嘘だらけだ。世の中と競争環境をしっかり見、自分の頭で考えて解を見いだす力が必要なのである。
早くも3刷!河合拓氏の新刊
「生き残るアパレル 死ぬアパレル」好評発売中!
アパレル、小売、企業再建に携わる人の新しい教科書!購入は下記リンクから。
プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)