1月8日、緊急事態宣言が発令された。しかし、私の想定通り、なんの強制力も無い「お願い」ベースであることを知った国民は、毎日新聞の報道によれば、新橋の会社員たちは相変わらず満員電車で出社し、東京都の感染者数は7日以降3日間連続で2000人を超えた。このままでは一日の感染者数が東京だけで5000人を超えるのも時間の問題かもしれない。新型コロナウイルスで失業者が増え、企業業績が悪化しているからこそ、国民は経済活動を優先させるという負のサイクルに入っている。
アパレル不振の根本原因は「作りすぎ」
さて、今回はアパレル業界の「作りすぎ」の問題についてである。
私は50社のアパレル企業再建実績から、6年前にデータを収集し「余剰在庫」が原価高を押し上げ、無理な計画が縮小する市場の中で余剰在庫を生み出すというメカニズムを解明し、「アパレルを殺した真犯人は在庫である」と叫び続けてきた。当時、誰も考えてもいなかった「受注生産」をアパレル業界も採用すべきだと、日経新聞紙上に書いた。
しかし、当時勤めていた会社では「在庫がなければモノが売れないだろう」と相手にされず、発言を控えるように指示された。しかし、その後、私は、某公共放送のテレビ番組に呼ばれ、バーバリーの余剰在庫破棄問題についてコメンテーターとして出演した。そのテレビ番組の趣旨は、作りすぎによるライトオフ(在庫評価損失計上)による損失赤字とキャッシュフロー問題でなく、環境破壊の方に論点を置いていた。その際、幾度も「AIを使っても余剰在庫の問題は解決しない」といったのだが、相手にされなかった。
その後、コンサルやアナリスト達は、当時の状況が嘘のように、皆が「『余剰在庫』は反サステイナブル」、「アパレル企業の損失拡大だ」と叫ぶようになった。私は、繰り返される的外れの議論から、産業復興のための真の論点に議論が移ったことに嬉しさを覚えた。
しかし、余剰在庫を課題論点としてあげている人は、もう少し論理的に考えられないのだろうかと思うときがある。特に、アパレル業界の余剰在庫や破棄問題とサステイナブル社会を関係づけている人達に言いたいのは、この問題は構造的なものであり、「作りすぎを止めよ」といっても、冒頭に書いた緊急事態宣言のようなもので、空に向かって空砲を撃っているようなものなのだ。
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作りすぎを止めれば利益激減する事情
考えてみて欲しい。日本には2万社弱の中小零細アパレル企業があり、彼らはそれぞれ別々にマーチャンダイジング計画を立て調達をしている。ある準大手(といっても日本の場合は年商1000億円程度だが)のアパレル企業が生産量を8割にするという記事がメディアに掲載されたが、それは10兆円市場規模において、わずか0.002%の努力に過ぎないし、仮に3000億円の企業が衣料品の生産量を半分にしても、0.015%の話なのだ。
あり得ないことだが、万一、業界が足並みを揃えて一斉に調達量を半分にしても、必ず、「よし大儲けできる」と誰かが数倍の生産を行って「一人勝ち」を狙いにゆくだろう。過去、某百貨店が、業界が足並みを揃えセール時期をずらそうというかけ声をかけたが、やはり続かなかったし、ヨーロッパでも同様の試みがあり、セール時期を業界が足並みを揃えて遅らせるということを法的強制力をもってやったことがあったようだが、いつしか消え去った。
当たり前である、そもそもの値付けがおかしいのだから値引きが発生する。一方、ワークマンのオフ率はわずか5%以下だし、ハニーズもほとんど値引きはしていない。これは、サプライチェーンやプライシング、つまり、ビジネス上の問題で、個々の会社が解決すべき課題なのだ。
話を余剰在庫に戻すと、「作りすぎだ」「余剰在庫を減らせ」といわれても、個々の企業からいわせれば、「では、具体的にどうすればよいのか」と聞き返すことだろう。衣料品の量を減らして雑貨などの量を増やせといわれても、衣料品をSPA(製造小売)で上手に生産すれば、企画原価率は20%台まで下げられるが、非衣料品や完成品の仕入原価は40%以上である。この仕組みは「ものづくりの現場」に明るくなければ分からない。
固定費をまかなうだけの売上をあげ、かつ利益を上げるにためには、企業は衣料品の割合を増やすということが当たり前の選択肢となる。私は、新規事業計画モデルを幾度もつくってシミュレーションしてきた。そして、日本という国で高い人件費を払い、高い地代を払って店を構えれば、よほど高い利益率を上げなければ成立しないことに愕然としたことは一度や二度ではない。「ここまで小売ビジネスは難しいのか」とため息をついたこともある。
こうしたシミュレーションもせず、いわゆる「どんぶり勘定」で事業をしている企業が何社もあることに驚くことも多い。ぜひ、作りすぎを批判する人は、事業主に「あなたは、なぜ衣料品ばかりつくるのだ」と聞けばよい。必ず「衣料品はうまくやれば儲かるからだ」と答えるだろう。
こうした構造上の問題の解決の道程を示さず、ただ「作りすぎだ」と叫んでも、何も問題は解決しないのである。実際、市場が縮小すればするほど投入量は増え、企業の消化率は減っている。帝国データバンクの調査によれば、上場アパレル企業の75%が昨対比を下回っている状況であり、今、再建屋である私のところにも今までに無いほどの相談が増えてきた。
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「作りすぎ問題」を解決する3つの方法
それでは、この「作りすぎ」の問題に我々はどう向き合えば良いのか
1.放置し自然淘汰に任せる
残念だが、これが最も現実的な解だろう。競争力のないアパレル企業は、いくら商品をつくっても余剰在庫となり現金は枯渇する。やがて、キャッシュフローが回らなくなって破産する。もし、その企業に付加価値があれば、必ず買い手が現れる。現れなければその会社は寿命を迎えたということだ。こうして、「神の見えざる手」によって、需給バランスは保たれる。いわゆる金融主導の業界再編もこれにあたる。新型コロナウイルスは、そのスピードを速めたということかもしれない
2.アパレルビジネスから撤退する、あるいは大きく縮小する
実は、資金力のある大手企業の中には、衣料品比率を下げてプラットフォーマーになる、あるいは、D2Cのような、固定費の軽いスタートアップのインキュベータになるという道を選択しはじめる企業は少なくない。私は、いわゆるGAFAMという最下層の汎用プラットフォームの上に、様々な戦略やデータを活用した、独自性を持つ二階層マルチ・プラットフォームができあがるという考えを持っている。世の中が不況になれば、金転がしと土地転がしが増える。これから、特にファッションビルなどはデベロッパーとなり、カードなどの金融ビジネスに軸足を移すだろう。
3.成長著しいアジア市場に進出する
日本のアパレル産業は、ファーストリテイリングと良品計画を除いて、完全なドメスティック産業である。それでも衣料品で成長したいのなら、新市場にでてゆくしかない。もちろん、海外市場は激戦区だ。日本の「あ・うん」の商習慣は通用しないし、世界標準の業務フロー、英語を社内用語にするなど、今までアパレル企業が避けてきた業務を取り入れる必要がある。おそらく、多くの企業が大負けすることになるだろうが、世界企業は皆こうしたことを経験してきたわけだ。
供給が需要を上回る状況の中、例えば、「需要予測の精度向上」などは、根本的解決にはならないことはいうまでもない。百歩譲って、需要予測が極めて正確だとしても、それは、ほんの一握りの勝ち組企業だけにあてはまるソリューションだ。したがって、「作りすぎ」の問題解決は、論理的に上記3つのどれかということになる。
最後に余談になるが、最近私が手がける課題は、こうした「構造的課題」が多くなってきており、いわゆる「改善」の積み重ねでは解決できないものが多くなってきた。「構造的課題」とは、抜本的にビジネスモデルを変革しなければ、解法は見つからない課題だ。
衣料品ビジネスを手がけ、業績が悪化してきている企業は、是非ともしっかり原因追及をしてもらいたい。それが、経営上の失策の結果起きている課題なのか、それとも、時代の変化にさらされた「構造的な課題」なのかを。もし、後者だとすれば、それは「事業の再定義」が必要であり、いくら改善を積み重ねても効果はない。
「作りすぎ」の問題などは、まさにこのケースにあてはまり、企業は作りすぎを止めよ、と叫んでも、なんの効果もないし、個社ごとにマーチャンダイジングの適正化を繰り返しても、参入障壁の低いアパレルビジネスに、次々に新規参入者が現れ、果てしない破滅へのラットレースは続くことになる。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)