マネではなく、自分で考える「個店経営」が小売業の第3の変革である理由

島田陽介
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三井高利の成功3原則

 前回、組織の歴史という視点で「個店経営」の組織を位置づけてみた。今回は日本の近世から現代までの商業の歴史から、個店経営を位置づけてみよう。その歴史の中では、これまで三つの大きな変革があり、個店経営はその最も新しいものとなる。

 だが、その前に指摘しておかねばならないのは、日本の商業および流通業は「学ぶこと」が大好きだ、という事実である。そして「学ぶこと」とは、「自分では考えない」ことに通じる、という点も併せて考えておく必要がある。なぜなら、商業および流通業は、店舗が地理的に離れていることもあって、他店の成功例を摸倣することにおいて、人後に落ちない世界であるからである。歴史を遡ってもそれは明らかだ。

小売のイメージ
日本の近世から現代までの商業の歴史から、個店経営を位置づけてみると、その歴史の中では、これまで三つの大きな変革があり、個店経営はその最も新しいものとなる。(i-stock/Feodora Chiosea)

 まず、近世商業の世界で起きた第一の変革は、越後屋・三井高利のやった「現金掛け値無し、正札販売、薄利多売」の3原則の自覚とその実行である。

 今から思えば当たり前のことであるこの変革が、越後屋に大成功をもたらしたこと自体、当時の商業がこの3原則と逆のことをやっていた証拠である。一言でいえば、「客との駆け引きの才能こそ、商人の才能であり技術原則である」と考えられていた。ほとんどの商人がそれに学んで、駆け引きの才能に磨きを掛けていたに違いない。

 それは商人が狡かったからではない。むしろ成功の先例に学ぶことにおいて、勤勉であったからと見るべきである。だが三井高利は、当時の商人のこの成功例、この慣習に学ぶことなく、何が本当に正しいかを自ら考えた。その結果導き出されたのが、この3原則である。

 越後屋が後に「三越」に変わったように、この3原則に欧米の成功事例を加えて生まれたのが、百貨店という究極の繁盛店業態である。「今日は三越、明日は帝劇」の標語が象徴するように、「用を足す」ためだった買物は「楽しみ」に変わった。

 だが、不幸なことに百貨店と商店街の繁盛店の成功によって、この3原則は、「商訓」に祭り上げられた。「商訓」とは、商人ならば考えるまでもなく無条件に従い、学ぶべき原則ということである。三井高利がせっかく当時の商人の技術原則に学ぶことなく、自分で考えて導き出した繁盛3原則はいつの間にか、無条件に学ぶ教訓と化してしまった。

第二の変革もたらした「チェーン理論」

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