想像以上に深刻な魚離れ……千葉・外房で実験進む「鮮魚DX」がスーパーの魚売場を変える!?
千葉で始動する鮮魚DX
しかし、「魚の鮮度」の状態が可視化されるとしたら、こうしたハードルは克服できるかもしれない。魚の鮮度を把握し、店内での加工のタイミングが誰にでもわかるようになれば、チェーンストアにおいても魚屋のノウハウを実践できるはずだ。実は、そんな技術革新を実現するための実験が行われている場所がある。それが、千葉県の外房に位置するいすみ市である。
千葉県いすみ市は、人口約3万4000人の小さな自治体で、同市にある「大原港」は釣り船の拠点、海水浴場として知られ、沖合に日本最大の岩礁があることからイセエビの日本一の産地でもある。この町には、地元の夷隅東部漁協、いすみ市、NTT東日本、京葉銀行などが創設した地域商社「SOTOBO ISUMI」があり、ICTを活用した地域課題解決に注力している。同社が呼びかけた「魚の鮮度見える化実証事業」というプロジェクトが興味深いので紹介したい。
魚の鮮度の規格は、古くから「K値」という指標が研究されており、2022年3月には農水省が科学的鮮度評価指標としてその試験方法に関するJAS(日本農林規格)として制定した。概要を端折って言えば、魚の死後、その筋肉中のATP(エネルギー分子)が時間経過とともに、うまみ成分であるグルタミン酸、イノシン酸を経て、劣化物質へと変化していく。この劣化物質の割合をK値として把握すれば、魚の鮮度を把握することができるというのが基本的な考え方だ。
北海道大学の坪内研究室は、北海道大学 ロバスト農林水産工学国際連携研究教育拠点の支援を受け、この指標を魚種や温度管理状態との関係でシミレーションできるシステムを開発している。同技術を活用すれば、水揚げ以降の温度管理状態をチェックすることで、魚の鮮度が現在どうなっているかを把握できるという。
それだけではなく、このK値はその想定方法の副産物としてイノシン酸という旨味成分の状態もわかってしまう、というおまけつきだ。鮮度の把握ができ、かつ、食べ頃に関しても教えてくれるという、“都合のいいデータ”が本当に可視化されるというのなら、流通関係者にとって使わない手はないだろう。
このテクノロジーが社会実装されるなら、魚の鮮度や旨味の状態を個体計測せずとも流通過程や小売店内で「見える化」でき、水産物の商品価値の向上につながることだろう。この社会実装実験は、千葉県における令和4年度の「先進的デジタル技術活用実証事業」として採択され、SOTOBO ISUMI、北海道大学、千葉県県内のベンチャー企業等が参画するプロジェクトして進行中だ。
こうした技術が実装されれば、水揚げから小売店の店頭まで温度管理の状況と時間経過によって、「魚が今どんな状態にあるか」を把握することができる。「この魚はいつまでなら刺身でいけるのか」「そろそろ総菜にすべきなのか」といった管理もデータで可視化される時代も夢ではない。もしそんなことができるようになれば、鮮度管理レベルが向上するとともに、廃棄ロスが低減され、スーパーマーケットの鮮魚売場はこれまで以上に攻めた売場づくりができるようになるだろう。
スーパーマーケットをはじめとした食品小売業は、巣ごもり需要の反動落ち、仕入価格上昇の価格転嫁、冷凍冷蔵用電気代の高騰、という「三重苦」で厳しい状態に陥りつつある。この苦境を乗り越えたとしても、人口減少による長期的な需要縮小の中で、椅子取り合戦を勝ち抜かねばならない。
優れた鮮魚売場を持っているスーパーマーケットの競争力が高いことは、業界の誰もがわかっているが、そうしたノウハウを可視化するチェーン展開可能なテクノロジーは存在しなかった。こうした技術を実装した企業が現れれば、角上魚類に匹敵する集客力を発揮できるかもしれない。
ドラマ「ファーストペンギン」に出てくる漁港のロケ地は、実はこの実証実験を行ういすみ市の大原漁港だったらしい。ドラマはあくまでも実話に基づいたフィクションなのだが、そのロケ地は、「リアルファーストペンギン」だったのである。しかも、ドラマでは抵抗勢力であった漁協が、実際は実験の先頭に立ってDXをめざしているというのだから驚きだ。関係者の方は、機会があれば様子を見に行かれてはいかがだろうか。(窓口:株式会社SOTOBO ISUMI https://www.sotobo-isumi.com/contact)
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