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業界トップの収益性をもつマツキヨHDが、低収益のココカラファインと“経営統合”までする必要があった別の理由

ドラッグストア業界に激震が走ったマツモトキヨシホールディングス(以下、マツキヨHD)とココカラファインによる、経営統合の交渉入りのニュースから1カ月が経った。収益性やブランド力で明らかに上回るマツキヨHDは、なぜココカラファインと、経営統合までしなければならなかったのだろうか。両社の収益性の格差とそれぞれが抱える課題を分析すると、ある事実が見えてくる。

交渉巧者ココカラファイン
スギをテコに“経営統合”引き出す

 今回のことを整理する上で、以下の3つの観点を踏まえて、分析していきたい。
 ①ココカラファインの収益性は大手の中で劣後しており、抜本策は不可避だった。
 ②マツキヨシHDの収益性は見違えるほど改善した。
 ③ココカラファインの交渉相手は他になかったのか 

 まず、2019年8月14日付けで発表されたマツキヨHDとココカラファインの経営統合の協議開始について考えたい。はじめに経緯をおさらいする。

 注目したいのは、ココカラファインとマツキヨHDとの協議内容の変化である。当初は資本業務提携だったものが、スギHDとの協議をきっかけに途中で経営統合にステップアップしている。内部情報があるわけではないので推察するほかないが、スギHDはかなり真剣な統合案を提示したのではないかと思われる。そして交渉上手のココカラファインはそれをテコにマツキヨHDを経営統合へ巧みに誘導したと考えるのが自然だろう。ココカラファインの手腕には舌を巻くが、果たしてココカラファインにはどの程度のバーゲニングパワーがあるのだろうか。

見劣りするココカラファインの収益力

 ここで2019年8月19日公開のダイヤモンド・チェーンストアオンライン「2019年度ドラッグストア売上高ランキング  マツキヨ・ココカラ連合で勢力図はどう変わる!?」を見てみると、2019年度のココカラファインの売上高は4005億円で業界7位である。トップのツルハホールディングスは7824億円、マツキヨHDが第5位の5759億円、スギHDは第6位の4884億円であり、ココカラファインの事業規模は他社と遜色ないように見える。

 しかし問題はここからだ。各社の2019年度の売上高、売上高経常利益率、ROA(総資産利益率)を見てみよう(図表参照)。

図表 大手ドラッグストアの売上、収益性比較   単位:100万円、%

 ココカラファインの収益性はこの7社の中で最も低いことが明瞭だ。もう少しわかりやすく考えてみよう。

 ココカラファインの売上高経常利益率はマツキヨHDの56%(3.8%/6.7%)にすぎず、これは同じ金額の売上高をあげても利益の歩留まりが低いことを示す。ドラッグストアは商品構成と立地が各社独特で単純比較に限界があることを加味しても、この収益率格差は今後の競争および成長にとって不利にならざるを得ない。ココカラファインの経営陣は、上位企業の中でジリ貧に陥るという危機意識を強く抱いていた。今回のココカラファインの巧みな統合交渉の背後には自社の将来に対する危機意識があるというのが真相だろう。

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高収益のマツキヨが、低収益のココカラファインと“経営統合”するねらいはどこに?

売上高経常利益率トップの座に就くマツキヨHD

 一方のマツキヨHDは売上高経常利益率が6.7%に達し、上記のリストに入っていないクスリのアオキホールディングスやアインホールディングスを含めてもトップの座についている。

 筆者には、マツキヨHDが売上高経常利益率が業界トップとなるのは正直予想外だった。同社はもともとコスト高になりがちな立地重視(都心立地)の拡大戦略を採用し、粗利の大きな商材を販売することで、規模と利益額をうまくバランスさせることを狙ってきたと理解していたからだ。近年の業績拡大の原動力の一つであるインバウンドという追い風に目を奪われていた。

 しかし、利益率トップを飾るまでになった背景には、インバウンドといった外部要因だけにとどまらず、内部努力の要因が無視できない。経営効率の管理を徹底し、付加価値の訴求できるPBを開発して販売を伸ばし、顧客との接点強化を図った結果が実ったということである。

 余談にはなるが、2019年3月期の決算が発表された時、その決算短信を紐解いた時に大変驚いた。利益率の向上はもちろんのことだが、それ以上に、プライベートブランド(PB)のブランディングが世界的に評価されたことに相当の記述を割いており、しかもカラフルな絵柄が3つも掲載されていたからだ。

収益性の低いココカラと統合するマツキヨHDの狙いはどこに?

 マツキヨHDは、中期の経営目標(ココカラファインとの統合前に発表)として、「2021年3月期にグループ売上高8000億円、ROE10%以上」を掲げており、売上高拡大を軽視しているとは思わない。しかし同時に、利益率の伴わない売上高拡大(出店)を志向しているとも考えにくい。これはM&A(合併・買収)についても当てはまり、収益性の高くない企業との経営統合に前のめりになることはないはずだ。

 そこでマツキヨHDの当初の目論見を推察すると、ココカラファインに対してPBを中心に商品供給や物流での協力を進めて、経営統合よりも緩やかな協力体制を構築し、ココカラファインが体力を高めながら生き残り、他社の攻勢をいなすことを期待していたのではないだろうか。

 しかし、結果として経営統合まで踏みこまざるを得なくなった。マツキヨHDは規模は大きいが収益性の低い他社と合併することがリソースの観点で最適ではないことは百も承知だと思う。見方を変えれば、ココカラファインがスギHDと統合することになっても十分受けて立つ自信はあったのではないだろうか。

 そうであれば、マツキヨHDはなぜあえて経営統合に舵を切ったのか。まずは、株式交換比率や新経営陣でのイニシアティブの確保、そしてココカラファイン側の経営効率改善の実効性の担保にめどが立ったためと考えられる。これがなければマツキヨHDの株主は納得しない。

 次に考えられるのは、マツキヨHDがドラッグストア業界で別の大型再編を意識し始めたことだろう。

 もう一つ。これはあくまでも筆者の憶測の域を出ないものだが、ひょっとするとココカラファインはEC事業者との協業を模索する動きに出た可能性も皆無ではないと思われるココカラファインは物流の内製化に積極的と言われる。その物流効率がどの程度高いのかは筆者は残念ながら知る由がないが、これに関心を持つEC事業者が居ても不思議ではない。EC事業者との協業により、物流ノウハウの横展開と全国規模での増版が見込めれば、仮に多少自社店舗とEC事業とのカニバリがあっても構わない、ココカラファインがこう考える可能性は目配りしておくべきシナリオだと思う。

 ドラッグストアの集客商材と利益商材は、いずれも鮮度を問われるものではなく、かさばったり重い商材が多い。しかも継続的に購入をする商材だ。これはEC事業者にもぴったりの商材で、ユーザーインターフェースに優れるEC事業者がシェアを高める事は十分予想される。これを脅威と見るドラッグストア事業者が少ないはずはない。

 今改めてマツキヨHDの戦略をみると、①顧客とのダイレクトな接点強化②独自の高付加価値PBの投入、そして③ナショナルブランド(NB)メーカーとの協業強化を進めてきていることがわかるが、これらはひとえに力を伸ばし続けるEC事業者との中長期的な競争を見据えてのことだと思う。もし一連の交渉の過程でマツキヨHD、ココカラファインの動きにEC事業者の影を見たのであれば、あえて事業統合を目指すと腹を括った決断は筆者にはすっと腑に落ちてくる

 ココカラファインは誰と組むことを考えていたのか、真相はもちろん不明だ。まずはこの統合協議の結果がマツキヨHDの思惑通りのものになるのか、結果を心待ちにしたい。

 

プロフィール

椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師